ココノセが誰にも言えずにいる事とは、
「"魔獣"である自身は本当の意味で人々に受け入れて貰えるのか」という事である。
昔は共に里で"共存"出来ていた、しかし永い時が経ち、当時を知る者は皆逝ってしまった。
其れは自らの内にのみ隠している秘め事である。
ココノセは其の昔、里が「花霞の里」と名が付くよりも昔からこの地に住んでいた。
幼い時、知性も未だ覚えていない頃。
群れとはぐれた魔獣の子であったココノセは、独り平原で迷い飢え死にしようとしていた。
そんな時、「花霞の里」となる前の集落に住んでいた人々に拾われ、命を救われた。
魔獣である自分を殺さずに、まるで我が子のように可愛がられ育てられた。
本来天敵によって淘汰されたり、季節の移りによる食糧難といった要因から解放され、
里の慎ましい暮らしに混じって、ココノセは永い、永い時を里と共に生きる事になる。
いつしか、体は人の背丈をとうに越える程に大きくなった。
いつしか、人の言葉をはっきりと理解する程の知性を覚えていた。
人の群れと共に暮らす内に、彼らがどうしようもなく愛しくなっていた。
幼い自分を救ってくれたという、"恩義"が始まりだったかもしれない。
それでも、想えるようになったからには、その想いの為に動こうと考えた。
人を害す魔獣を追い払い、人の為にその爪と牙を振るった。
傷を負うことも厭わずに、人と共に生きたいと願った。
いつしか、自身の育ちを知る人々は皆逝き、里から居なくなってしまった。
いつしか、自身を見る人々の目には"感謝"と"畏怖"が混じるようになった。
いつしか、自身は人々から花霞の里の"守り神"だと呼ばれるようになった。
…いつ、私達のこの関係は変わってしまったのだろう?
其の視線や声色に微かに恐れが混じるようになった人の世代から、
人知れず、住処を里の直ぐ傍から"魔獣"が住む谷へと移した。
そうして人々を護る事は続けつつも、里にはむやみやたらに顔を出さない事を決めた。
嫌われるのを、受け入れられていた想いを拒まれる事が、恐ろしいと感じるからだ。
やがて、自身の為に"祭り"が行われるようになった。
花にも言葉があるらしく、赤い雛芥子で感謝と慰めを守り神への「労り」としたらしい。
人々の"守り神"扱いが変わることは無かった。
ココノセと人々の"共存"は、少しずつ別の形へと代わっていった。
永い年月が再び経ち、
祭りの本来の役割も再び忘れ去られ、ただのお祭り騒ぎへと化した頃、
…ある日突然、里に不思議な気配を感じるようになった。
全身の毛がざわざわするような、居心地の悪い、自身への敵意にも似た気配。
しかし、それは人々に危害を加えるようなものではない。
里に、何かが現れたのか。
何か、自身を排斥しようとするものが現れたのか。
気配の姿も見ぬまま、里へ姿を現す気にもなれず、その考えは緩やかに一つの結論に至る。
遂に人々が、"守り神"とまでなってしまった自身を、必要としなくなる時が来たのだと。
そう到ってしまった思考に悲しみと孤独こそ覚えども、怒りはなかった。
随分と永く、独りよがりを続けてきてしまった末路だと。
どんな結果になっても構わない、最初に人々へ抱いた想いだけは色褪せずにある。
…今年の花も、きっと、美しく綺麗に、"当たり前"のように咲いているのだろう。