本当にてめぇはどうしようもねぇ女だ。
初めて見た時から感じてた。
「…………あ……やだ……彼……死んじゃった、じゃん、」
「あ?」
「まだ、イけてないのに」
この女は心底イカれてる、と。
「……ねぇ、これって、私のせい?」
そうかよ、悪かったな。
ぼそりとそう呟けば、女は自分の上で目を見開いたまま息絶えた男の身体を足で蹴り落とし、既に薄汚れていたシーツで腹部を汚す赤を拭う。
のほほん、という言葉がぴったりな声を吐き出しながら首を傾げるさまは容姿も相俟って異様なほど妖艶で、これに騙される男も少なくはない。
「……いいや?遅れた俺が悪い。てめぇがたったの一秒も我慢出来ねぇビッチだって知ってて十五分も遅れちまった俺が、な」
「だよねぇ」
世の中には知らない方が幸せだと思える事が腐るほどある。
分かりやすく端的な例を上げるとすれば、視線の先に居るこのイカれた女だろう。
「ねぇ、続きシてくれる?」
「シねぇよクソビッチ」
元々は部下の女だった。
親父の跡を継いで組織の命運を背負うよりずっと前から俺の元にいた、一番の腹心であるあいつの女。
生まれも育ちもゴミ溜めだと言うその女はそう語るに相応しい残虐さと殺しのスキルを持ちつつ、男も女も誰もが一度は振り返るであろう端麗な容姿と無理矢理にでも開かせたくなるような身体を裏切らない性欲も合わせ持っていた。
あいつのどこが好きなんだ?とからかい半分で聞いたそれの返答が、毎日シてくれる、テク、多少刺しても平気なとこ、etc。
ぜってぇ頭イカれてんぞこの女、と抱(いだ)かずにはいられなかったその感想を具現化するかのように、ヘマをして逃げ切れなかったあいつがブタ箱にブチ込まれた三日後、女は俺の上で腰を振って喘いでいた。
きっかり三日しか我慢出来ないの。
そう言ってふにゃりと微笑みながらねだる女に、そのユルい股に毎日突っ込んで欲しいなら、と冗談半分で雑魚共の殺しを命じたのがそもそも間違いだったのかもしれない。
白昼堂々、生きたまま火炙りの刑。
イカれてる。
証拠だとか、捕まるだとか、一切頭にないのだろうなと思わざるを得ないやり方をすれば当然ブタ箱行きだ。
あーやれやれめんどくせぇなぁと思いつつもけしかけたのは自分だしな、と小切手の入った封筒片手に留置所へと足を運べば、開け放たれた檻の中で警官二人に喘がされていて思わず口角が上がったのはここだけの話。
その日を境に快楽至上主義者と呼ぶに相応しいその女を出来る限り短いスパンで抱くようになったのは俺の中でも想定外ではあったが、その締まり具合とくればヤクより中毒性が激しくて結論から言えば手放せなかった。
ヘマをしたあいつが悪い、と。
通っていそうで微塵も通っていない理屈を吐き捨て、ブタ箱で過ごすあいつに買収済みの看守経由で銃弾を一発だけ差し入れた。
受け取り場所に指定したのはあいつの眉間。
間違いなくそれが受け取られてから、およそ八年。
仕事柄、"三日間"という期限を守れない事もあれば、つまみ食いをしたくなる時もあって、そうなるとこのイカれ女は代わりの男を探す。
バニラアイスが食べたいけれど売り切れだからチョコレートアイスにしよう。
この女にとってセックスの相手を選ぶのはその程度の感覚なのだろう。
三日間はきっちり貞操を守り俺以外の男を受け付やしないが一秒でも過ぎれば股のユルさは表彰もんだ。
「……怒ってるの?」
「……いいや?怒ってなんかねぇよ」
諦めたんだよ。
そう言えば、イカれ女は僅かに眉根を寄せる。
おそらく、いや、確実にセックスから得られるはずだった快楽が足りていないのだろう。
だったら何で居るの?とでも言いたげな表情を浮かべる女を見やりながら、複数の体液で汚れたベッドへと腰を降ろした。
「……いいか、名前」
「……ん……?」
潮時(※)だ。
短くひとつ、息を吐いて、自身が着用している上着の内側へと手を滑らせ、そこに忍ばせていたものを掴む。
す、とそれを取り出して、女へと向けた。
「一度しか言わねぇ」
本当にてめぇはどうしようもねぇ女だ。そんなてめぇに惚れちまった俺はそれ以上にどうしようもねぇ男だよな。「結婚、してくんねぇか。俺と」
※潮時:物事をするのに、一番よいおり