〜2017 夢物語 | ナノ


  嗚呼、神様。どうして私は


 
昔から頼み込まれるとNOと言えない性格だった。


どうしても!と頭を下げられ、お願いします!を連呼されてしまえばもう頷くしかなくて。

しかしそうして連れて行かれたさして珍しくもない居酒屋で、見知った顔を見つけたからか警戒心というものをごっそりと私は落としてしまったのだろう。


俺も人数合わせ、参るよな、と。

自分と同じ境遇で、互いの関係を言葉にするならば"友達"、厳密に言えば"彼氏の友達"である彼の隣で酒を飲み、つまみを食らう事、およそ一時間。

そろそろ帰ってもいいだろうかと思い始めた時、不意に彼の声が普段より僅かに低くくなった。


あのさ、ずっと言うべきか迷ってたんだけど、と。

いつもにこにこしている彼には珍しく、神妙な面持ちでそう言われれば嫌でも耳は傾いてしまうもので。

何?とそれに食い付いてしまったのが、きっと始まりの合図だったのだろう。

勿論、私はそれに気付いてなどいない。

気付いていないから、面白いくらいあっさりと飲み込まれた。


あいつ、浮気してる。

そんなたわいもない、彼の一言に。


当然、え?嘘だぁ〜。と若干の酔いも混ぜてへらりと笑っては見せたが心の中はぐるぐるしていた。

そこに追い討ちを掛けるかのように差し出された彼の携帯と、提案。


じゃあ今からあいつにメールする。今何してる?誰かと居るのか?ってね。

乗るも乗らないも私次第だ。けれど乗らなければ、彼の言葉を信じているのだと認めた事になる。

分かったそうしよう、と。二つ返事で乗ったそれに見事に惨敗したのはあまり口にしたくない現実だ。


本命じゃない方と居る。

素っ気ないその文に、目眩さえした。


泣きたかった。

叫びたかった。

けれどそんな事、いい歳して出来るわけもなく。何とか平常心を装って帰宅の意を唱えれば、店を出た直後にまたしても差し出された彼の手と、提案。


泣き寝入り、する気?

彼の浮かべた微笑みが何とも妖艶で、思わず息を飲んだ。けれども、言わんとしている事が理解出来ないほど鈍くはない。

ふるりと頭を振って誘惑から逃れようと足掻く。

しかし手首を掴まれ、引かれ、耳元で名前を囁かれてしまっては元より崩壊しかかっていた理性など容易く堕ちる。


アルコールと絶望と怒りと、イケナイ事だという背徳感をスパイスに、なだれ込んだラブホテルのベッドを馬鹿みたいに軋ませ互いを貪り合う。

淫らな声を上げ、卑猥な音を響かせ、意識が飛ぶまで、残っているのかどうかも分からない理性を手繰り寄せるような真似はしなかった。


「おはよう」

「…………おはよう、」


だが、一度(ひとたび)失っていた意識が戻り、同時に理性も取り戻してしまえば結局は自分の選んだ道を後悔するはめになる。

衣服を纏うつもりもないのか、寝転んだまま携帯を弄る真横の彼。

はぁ、と大きめのため息を吐き出す。

この事は忘れるよ、ごめんね、とそれに付け足せば、何故か彼は、俺こそごめん、と謝ってきた。


「……え……何が?」

「ネタバレするとさ、」

「……」

「俺が言ったんだ。あんたが来るなら合コンに顔出してもいいって」

「…………は?何いっ」

「それともうひとつ」

「……」

「俺らの中でさ、本命ってのは彼女の事で、本命じゃないってのは、」

「……」

「男友達の事」


血の気が、引いた。

自分の身体がひやりと冷たく感じたのは、きっと、気温のせいなんかじゃない。


「…………え……ちょっと、まっ、意味が、」

「浮気してねぇよ、あいつは」

「……な、」

「したのは、あんた」

「……」

「俺と、な」


ぐ、と手元にあったシーツを思わず握り締めた。


ぐるぐるしてる。

頭が、心が。

ぐるぐる、ぐるぐる、止まらない。


「安心しろよ、バラそうなんて思ってねぇから」

「……」

「ただこうやって、時々、俺を満足させてくれればそれでいい」

「……ふ、ざ……けん、な、」

「ふざけてねぇよ」

「……なん、っ、で、」

「……だって俺ら、共犯だろ?」


なぁ、名前?と。

わざとらしく耳元で囁かれた自分の名前に、心臓がふるりと震えた。


嗚呼、神様。どうして私はこんなにも愚かなのでしょうか。
 


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