魔王様に拐われました。
両親が作ったパンをカゴに詰めて頼まれたお宅へと届け、パンを渡す代わりにお金を受け取りそれを握り締めて家へと帰る。
それが日課というか、最早それが私の人生というか。
パン屋の娘に産まれたからにはパンの配達から始まって、両親が引退するまでには一人前のパン職人になって店を継ぐ。
もしくは、そこそこのパン職人を婿養子として捕まえる。
もしくは、玉の輿。
「理由……だと?」
「はい」
「お前が俺の妻になる予定だからだが?」
の、はずだったのに何だコレ。
「え。あんた魔王だよね?」
パン屋か?配達を頼みたいんだが。
なんて甘……くはない口車に乗せられて、家がどこにあるのか記憶する為に声をかけてきた男にノコノコと着いていけばこの有り様。
いや確かに。立ち入り禁止の森の中へ入って行ったりだとか、ドラゴンが居るって噂の湖を木の船で渡ったりだとか、なかなか険しい道のりのお宅なんだなとは思ったけれども。
「ああ、まぁ、そう呼ばれているな」
だからって、歴史の授業で必ず習うあの勇者と姫と魔王の三角かんけ……否、長きに渡る因縁の云々によもやパン屋の自分が巻き込まれるだなんてこれっぽっちも思っていなかったわけで。
多少の困難の先にお得意様が増えるというメリットがあるならば迷わず飛び付くのがパン屋というもの。
相手が魔王だろうが魔物だろうが金さえ払ってくれるのならば配達はする所存だったが、ここに住め、となれば話しは別だ。
ふむ、と。
目の前で不敵な笑みを浮かべる男へ視線を留め、思案する。
紅い瞳、漆黒の髪、羽……否、翼?は伝承にある通りだからこの男は魔王で間違いないのだろう。
となるとやはり私はお呼びじゃない。
だって魔王に必要なのは世界を我が物にという野望と何代にも渡っていとも簡単に拐われるという学習能力皆無なお姫様ともうそろそろ折れるんじゃね?って思わずにはいられない何代にも渡って酷使されてきた伝説の武器を装備した勇者とモブ仲間であって、パン屋ではないのだから。
そもそも魔王はパンなど食わぬだろうに。
寧ろ拐われた理由が、腹ごなし的な意味で人間が食べたいから、とかならまだ納得しやすかった。
「なりませ」
「そうか。式はいつがいい」
「……いや、なりま」
「人間は白いドレスを着るのだったな。そこは我慢してやろう」
「…………だからなり」
「人間用のウェディングケーキは……ああ、お前の親に頼むとするか」
「……」
「金はいくらでもある。ケーキもドレスもお前の好きなようにオーダーしろ」
まさか嫁になれ、だなんて。
「毎度あり!」
まぁ、とりあえず。
お父さん、お母さん、ウェディングケーキの注文入りますよー。
魔王様に拐われました。でもってプロポーズ(みたいなの)されました。