頼むから、お願いだから、言葉にしてくれないかな?
他の人がどうなるかなんてのは知らないけれど、我が身に降りかかると私は酷く俊敏になるのだと気付いた。
「……てめぇ、何避けてんだ」
「ばっ!避けなきゃ死ぬでしょうが!!ああああんたこそ何本気で人の頭目掛けてバッド降り下ろしてんの!?馬鹿なの!?殺す気かコノヤローふざけんな!!」
「心配すんな」
「は?何がよ!?」
「俺もすぐに後を追ってやる」
避けた勢いでベッドの側面にぶつけた背中のズキズキを必死に堪えながら、床に手と尻をぺたりと引っ付けた状態で顔の真横にあるベッドにめり込んだバッドを見たあと視線を上げた瞬間にさらりとそれを告げられてしまった私は勿論、涙目。
ギリギリとバッドを握る手と見開かれた彼の目を見る限り、本気なのだろうというのは一秒も満たず理解出来た。
「はぁあああ!?ばっ!なっ!おまっ!ちょっと待てコラ意味不明!!」
出来た、のだが、それをすんなりと受け入れられるほど私はしおらしくないのだ残念ながら。
あまりに唐突であまりに理不尽なその仕打ちに若干の苛立ち。
しかしそれを表には出さない。
否、出せない。
「あ?」
「あ、や、ちょ、ちょっと、本当、あの、一回……一回落ち着こう?ね?」
「……」
「だって、ほら、いきなりこんな、パニクっちゃうよ……ね?」
理由は至ってシンプル。
「で、さ、良かったら理由をおし」
「シラ切る気かてめぇ」
私を見下ろす彼の目に"殺"って文字が見えるからだ。
「え、や、そ、」
はて?と首を傾げたい衝動に駆られはしたがそんなもんした日にゃバッドでドーン!されそうなのでそれはやめて、思案する。
彼の口振りからして、彼の怒りの要因は言わずもがな私にあるのだろう。
が、しかし。それが何なのか、全く以てさっぱりだ。
今しがた軽く殺人未遂な行為を全力でやってくれた彼とは家が隣同士の幼馴染みで保育園から高校を卒業した今日という日まで性別は違えどそれなりに仲良くやってきた記憶があり、ついでに言えば互いの部屋の窓がやたら近いからまぁ普通の幼馴染みよりかは幾分距離が殆どない間柄だけれども所詮は幼馴染みでそれ以上でもなければそれ以下でもない。
積年の恨み!なんて感じでもなかったし、今日だって卒業式を終えたあと同じクラスの男子に告白されたからそれを承諾したぐらいで特別彼に何かをするどころかまともに喋ったのがほんの数分前だ。
そう、彼からのバッドを華麗に避けたあたりだ。
なのにそんな言い掛かりをつけられても困るわけで、うーん、うーん、とドーン!されかけた頭を必死に捻り倒してはみたがやはり分からない。
「……あー……うん、えと、ごめん。分かんないや……その、私……何かした……?」
「……てめぇ」
素直に詫びる、為に、前置きの詫びを口にすると何故か舌打ちをされた。
「堂々と浮気しておいてよくそんな事が言えたな」
が、そんなもんは彼が唸るように吐き出した言葉によって最早どうでもよくなった。
「…………は?うわ、き……?私……が?」
「てめぇ以外に誰がいんだよ」
「……え、や、え……ちょ、タイム、ちょっと、うん、」
え、こいつ何言ってんの?
手のひらを相手に向けて、待って、の意を示しながら再び頭を捻る。
よし、一旦整理しよう。
私の脳内で、目の前の彼は幼馴染みだ。
そして目の前の彼には彼女が居る。これは周知の事実で、明らかになったのは中学二年の時、学年一可愛いとされる女子からの告白を断った時だ。
え、いつの間に?なんてその時は思ったけれど、目の前の彼はそれはもう彼女を溺愛しているようで彼女を見せろという周りの声には一切応えなかった。
理由は彼女が恥ずかしがって内緒にして欲しいと言ったからだそうな。しかし、高校を卒業したらプロポーズして結婚するから式に呼ばれた奴はその時に好きなだけ見ろと宣言したのも覚えている。
何せその瞬間に私は初恋という名のハートがパキンと割れたのだから。
「おい、名前」
「う、え……?」
「てめぇは俺の女だろうが」
「………………はい?」
なのに、どうしてこうなった?
「ほぉ……成る程な。浮気じゃなくて乗り換える気か。絶対ぇ許さねぇ。てめぇもあいつも」
「ちょ、待って待ってタイム!マジで!」
再び顔面の真横でギリギリと強く握りしめられ始めたバッドを慌てて右手で押さえ、左手で目の前の彼の袖を掴んだ。
「あのさ、落ち着いて聞いて答えて欲しいんだけど……わ、私とあんたって、いつから……その、付き合ってたっけ?」
「……小二」
「は?え、ちょ、てか、え?ど、どこら辺からそんな感じ?」
「あ?てめぇが俺の事、パパより好きっつったんだろ。恥ずかしいから誰にも言わないでね、って」
「……え……あー……ああ、はい、」
「で、俺も名前が好きだ。だから俺らは恋人だろ?あん時はガキだったけど、好き同士が付き合う事ぐらいは俺だって知ってた」
「…………ま、まぁ、そうね、」
「なのにてめぇは……っ、」
「……え、」
するり、バッドから離れた彼の手が私の方へと伸びて、何故かそれは私の頬を撫でる。
ゆっくりと顎先まで降りた指先はそのまま離れるのかと思いきやそうではなく、後頭部を抱えるように髪を掬った。
「……不満があんなら言えよ……直すから。他のヤツ、見んな」
「っ」
引かれ、コツン、と目の前の彼に軽くぶつかる額。
途端に上がる体温。
慌てふためく脳内。
加えて、頭上でこぼされた言葉に心臓はもういつでも破裂出来てしまう今日この頃。
「……ご、」
「……あ?」
「ごめん、なさい、」
どれだけ思考を巡らせても自分に非があるとは到底思えないのだが、状況が状況だけにやっとの思いで吐き出せたのは謝罪の言葉。
それに呆れたのだろうか。
はぁ、とあからさまなため息が吐き出されたかと思えば、後頭部を押さえる彼の手に力が加わって若干の息苦しさが生まれる。
「……次はねぇからな」
嗚呼けれどもう、どうだっていいや。
「あ。あと今すぐあいつに電話して付き合えねぇって言えよ」
コクコクとそこそこのスピードで彼の言葉に頷きながら、ごぞりとポケットを漁って携帯を取り出した。
頼むから、お願いだから、言葉にしてくれないかな?殺そうとする前にさ。