言えない。とてもじゃないけど言えない。
終わりを告げる鐘が鳴った。
「ねぇ、名前。今日こそは言うんでしょ?」
「う、うん。今日こそは絶対、言うよ!」
「よぉしその意気だ!大丈夫!人間死ぬ気になれば何でもでき……いや、言える!」
「し……死にたくは、ない」
「言葉のあやでしょうにおバカ。てかほら、来たよ、あいつ」
「よし、言える言える言える、私は言える!じゃあまた明日ねユカ」
「あいよーまたねー」
席から立ち上がり、目の前の彼女にひらひらと手を振りながら彼女の言った"あいつ"の方へと視線を向ける。
スクールバッグを肩にかけ、少し気怠げにドアにもたれかかる彼は隣のクラスの生徒で実はそんなに知った仲じゃない。
「……お、おまたせ、しました」
「…………ん、」
いや、実際のところ。
彼はその外見からして注目を浴びる存在だから私は知っていたが話した事はなかった、というのが正解だろう。
「……じゃ、帰ろ、」
「はっ、はい、」
始めて話したのは確か、一ヶ月前。
そして、こんな風に一緒に下校するようになったのは二週間ほど前だ。
土日が含まれているから当然一緒に帰った回数は十四回よりも少なくはなるけれど、私は最初の日を除いて毎回彼に言おう言おうと思っている事がある。
「……」
「……」
けれど、いざその場面になると言えない。
毎回、彼は私の家まで送ってくれるけどお互いほぼ無言で、家に着くまでに言ってしまえ!と思うのだけれどいつもいつも言えないのだ。
我が家の玄関の前で言えるのはいつだって、また明日、か、また月曜日、だ。
「……」
「……」
分かってはいた事だが、ヘタレだなと改めて思う。
てくてく、てくてく、と学校から離れた分だけ近付く我が家。
あの角を曲がれば、残すは数メートル。
嗚呼、今日もまた私は言えないのか。
いや、駄目だ。今日こそは言うんだ!って友に誓ったのだから。
死ぬ気になれば出来……いや、言える!
そうだ、そうなんだ。
死にたくはないが、今だけは、今だけは死ぬ気になろう!
「っあの、」
「…………ん?」
ふるふると頭を軽く振って己に喝を入れたあと、足を止め、声を吐き出した。
すると、彼もまた同じように足を止めてはくれたのだが止まったのは私よりも一歩ほど前の位置。
ご丁寧に身体ごと向き直って、何?と少し屈んでくれるのだけれども私的にそれはありがた迷惑。
だって、顔近い。
「あ、あの、こっ、ここ、こく、こくは、」
「…………ああ、返事?」
「っそ、そう、です、」
しかし、負けて堪るか!と彼の膝辺りまで落ちていた視線をぐいんと上げた。
「……っ、」
瞬間、がっつりぶつかる彼と私の視線。
視界を占めるは切れ長な焦げ茶色の瞳とついでに奥二重なそれの右の目尻の泣きボクロ。
そこから少しでも視線ずらそうものなら辛うじてある細く短い眉と、左の眉尻には銀色の丸いやつ(多分ピアス)が並んでふたつ飛び込んでくる。
だからって反対に下げてしまうと下唇の真下の真ん中にも銀色の丸いやつがひとつ居たりするからさぁ大変。
身長もそれなりにあるからなのか一部の女子はキャーキャーと黄色い悲鳴を上げているが、これまた一部の女子にはその見た目だけで畏怖(いふ)されている。
「……ご、ごご、」
「……」
「っ、ご、ご、」
「……」
「……後生ですから、もう少し、だけ、返事を待ってもらっていいですか、」
「……うん」
勿論、私は後者だ。
言えない。とてもじゃないけど言えない。顔が怖いから付き合いたくないだなんて。