彼の傍に居れば愛されてるって嫌でも分かる。
最初から、私は知っていたのだ。
知りうるそれをきちんと理解した上で二年前の私は頷き、今に至るのだから当然何かを言うつもりなど毛頭ない。
しかし、だ。
どうするべきなのだろうか、とは思う。
何せ初めての体験だ。どうする事が正解なのか、まるで分からない。
「……っ、ち、違げぇ!名前!違げぇから、これは誤解だ、」
「……ん……なぁに……?うるさい、よぉ」
夜勤を終え、朝食の為の食材を片手に帰宅すれば、裸の男に下着姿の女が寄り添ってベッドでスヤスヤと寝息を立てていた。
無論、男の方は知らない人間ではないので空き巣の類いではないのだが、そいつが同棲している"彼氏"という立ち位置に私の脳内では居た為、不法侵入をその二人に当てはめる事も出来なくて。
そうなると警察は呼べないし、とりあえず手に持っていたスーパーの袋を床にどさりと落としてみたら、男の方が起きて、自身に寄り添そう女に驚いてみせて、それを見つめる私に向かって違う!だの誤解だ!だのを繰り返す始末。
うるさいよぉ、と言いながら起きた女はよれた化粧をのせたその顔のまま、ふぁぁぁ、とあくびをした。
「……うん」
繰り返される言葉に短く返事をして、くるりと踵を返す。
トテトテと玄関を目指し、靴を履いた所で背後から何やら声が聞こえてきたが私には関係ない。
外に出て、階段へ向かう。
トタトタと階段を降りながら、何で六階建てのマンションの六階なんか借りたの!不便で仕方ないわ!と過去の自分に叱咤していたらエントランスに到着。
そのまま自動ドアをくぐり抜けて、マイ自転車を求めて駐輪場へと足を踏み入れた。
「っ名前!」
瞬間、掴まれた腕。
振り向けば上半身裸の男が、ぜぇ、はぁ、と息を切らしていた。
「どっ、どこ、行く……っん、だよ」
彼は何を必死になっているのだろう。こうなる可能性もある、って最初から分かっていたはずなのに。
一目惚れ、だなんて。女遊びの激しかった彼の事を愛を囁かれたぐらいでその言葉をすんなり信じるほど私だって馬鹿じゃない。
二年前、女遊びをやめたから付き合って欲しいと半年ほど付きまとわれて、彼の友達にも本当にやめたんだ考えてやってよと言われ続けて、しぶしぶ頷いたけれどやっぱり変わらない。
「なぁ、名前……信じ……っらん、ねぇと、思うけど、本当に、ごか」
「別にそこはどうでもいい」
「……」
「分かってるでしょ?」
「……や、おま、待て、まだ二年しかたっ」
「十分でしょ」
「……十分じゃねぇよ、」
「これ以上は意味がない」
「なくねぇよ!」
「……」
「……なく……ねぇ、よ」
二年。
言葉にこそすれば一言だけど、彼と向き合って、歩み寄って、彼の為に私は十分な時間を費やしたと思う。
「ごめん。さっきの見て再確認した」
「……」
「私やっぱり、あんたの事、」
一度も愛せなかったよ。
そう言って、腕を掴む彼の手をぺちりと払い落とした。
彼の傍に居れば愛されてるって嫌でも分かる。だから余計に愛せない事が私は辛かった。