好き好き好き好き好きあなたが居ないと死んでしまう。
別れよう。
突然吐き捨てられたその一言によって、私の足元は音を立てて崩れ落ち、私は地獄へと真っ逆さま。
大袈裟?
否、当然だろう。
何の前触れもなかったそれに、心の準備などしていたはずもないのだから。
ああ、駄目だ死のう。
そう決心したところに職場の上司から携帯に連絡が入ったのは、今から四ヶ月ほど前の話だ。
ちょうどいい。死ぬから辞職をするとの意を伝えようとそれに応答すれば焼肉奢ってやるからまだ生きてろと言われ、その後も寿司だのケーキバイキングだのにつられてなかなかしぶとく今日という日まで生きてきた。
だから、なのだろうか。
「虫のいい話だっていうのは承知してる。でも、気付いたんだ」
「……」
「僕には君しか居ない、って」
四ヶ月前、たった一言だけを吐き捨てて去っていった彼は、文庫本を片手にアイスティーを嗜んでいた私の目の前に座り今度はそんな事を吐き捨てる。
とどのつまり、ヨリを戻したい、という事なのだろう。
理由も述べず一方的に別れを押し進めた事を謝罪しつつ、離れてみて改めて君が大切だと知ったよと私への想いを隠す事なく伝えてくる。
君しか居ないだとか、大切だとか、確かに付き合っている時に言われた記憶は一度もない。
だから素直に彼のその言葉が嬉しくて、ありがとうと呟いた唇の端がゆるく上がってしまった。
「もう二度と、君を悲しませたりしない。誓うよ」
「……っ、」
それを見たから、なのかは彼にしか分からない。
テーブル越しに伸びてきた彼の手が、文庫本を持っている私の手に至極当然だと言わんばかりに寄り添う。
じわりと手の甲を這う他者の熱。
突然の接触に、面(おもて)に出せた反応は目を見開く事だけで言葉は喉で躓(つまず)いて体内へと転げ落ちた。
何てこった!
まさかのまさか。
こんな漫画みたいな事、現実でもあるなんて。
別れというものは結局、一緒に居られない理由があるから訪れるわけで、それがなくなって無くしたはずの幸せが舞い戻るなんてご都合主義なエピソードは物語の中だけの話だと思っていたのに。
「おい」
「っ!」
「っな、」
なんて、相も変わらず手に手を添えられたまま、ぐるぐるぐるぐる思考を巡らせていれば、ぱしんっ、と小気味良い音が鼓膜に響いた。
「俺との待ち合わせ中に堂々と浮気とはいいご身分だな」
かと思えば、テーブルへと落ちた文庫本。
心なしか手が痛い。
しかし右斜め上から聞こえた声のお陰でそんな事は早々にどうでもよくなった。
「誠一(せいいち)さん!すごい!約束の時間より六分も早く会えた!」
視線を向ければ、そこには私を焼肉やら寿司やらケーキバイキングやらで私の命を延ばしに延ばした上司の険しいお顔。
端正なお顔のはずなのに眉間のシワが威圧感という文字を彼に背負わせているのだけれども、決して彼はその道の人などではない。
「他に言う事ねぇのか」
「あ。触られてごめんなさい。こいつがもう二度悲しませないだとか言うものだから呆れて文字通り何も言えなくて、」
「……へぇ」
「私には誠一さんが居てくれるからちっとも悲しくなんてないのに何言ってんだろう、って。でも誠一さんの事は教えたくなかったの。だって教えちゃったらまた増えちゃうでしょう?誠一さんを知る人間が」
「……」
「そんなの私、堪えられない、」
「……」
「死んじゃう」
「死ぬな」
分かった、死なない!
そう言って、未だに眉根を寄せている彼に抱き付いて、早く二人きりになりたいな、なんて下手くそな上目遣いでおねだりをしながら彼と共に店を出る。
勿論、勝手に相席したあの男はアイスティーと印字された伝票と共に置き去りにしてやった。
好き好き好き好き好きあなたが居ないと死んでしまう。なんて言ってた私はもう既に過去の物と化したのです。