凄い推理力……だね、
その日は、朝から腹部に痛みを感じていた。
けれど仕事が休みだっから、最悪寝てればいいかとそれほど重視していなかった。
「…………っ、」
「……起きたか」
「…………え、」
「……覚えてねぇのか」
目を開ける、という行為をしたのだと認識すると同時に視界に写ったのは見慣れた自室の天井で、直前まで意識を手放していた事に気付く。
あれ?と思うのが先か、真横から聞こえた声にゆっくりと視線を向かわせれば見えたのは出来る事なら関わりたくないあの男の姿で、緩められたネクタイがやけに目についた。
「……いや、それは別にいい。体調は?」
「…………え、と、」
「痛ぇとこ、あるか?」
「…………ない、かな、」
「ならいい」
「…………しゅん、た……?」
「ん」
「……どう……して、」
向けられた質問に戸惑いながらも答えれば、真顔だった男の表情がほんの少しだけ柔らかくなる。
しかしすぐに浮かんだ疑問を返せば、それはあっという間に別の表情に上塗りされてしまった。
「……電話したら、出たのにお前は無言で、」
「……」
「……出ねぇ事はあっても、出たのに喋らねぇなんて真似、お前はしねぇだろ?だから、オカシイと思って……ここに来た」
眉根は寄せられて、目は細められて、口端は下がっている。
総合したその表情は辛そうにも苦しそうにも見えて、けれど、悲しそうにも見えて一言でどうとは言えないような表情だ。
もしかしたらそのどれもがそこに表されているのかもしれないけれど、どうしてそんな表情をするのか私には分からなかった。
「店の方も考えたが、音がほとんど聞こえなかったから家だろうと思ってな」
「…………凄い推理力……だね、」
「茶化すな。管理人に説明して鍵開けてもらって、中に入ったらお前……倒れてやがるし……マジで心臓止まるかと思ったんだぞ」
「……倒れて……たの……?」
「……いや、正確には、うずくまったまま気を失った感じだったな」
「……そう、」
なんて、とぼけてみたところで彼の口は閉じやしないだろう。
朝にあったはずの痛みがなくなっているのに、見えるのは彼だけ。
その時点で、何となく理解していたのに私はそれを認めたくなかった。
「……それで、医者呼んで、診てもらったんだが、」
「……」
「……なぁ、」
「……」
「いつから、だ……?」
「……」
「……いつから……その、」
「リスカ」
「っ」
「してるのか、って……?」
例えば原因が誰かだったとしても、例えばきっかけも誰かだったとしても、決めたのは私自身だ。
だから、そんな表情をするほどの感情を抱(いだ)かれている事を、その感情を男が持っているのだという事を、認めたくも、理解したくもなかった。
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