8
たった一歩を踏み出しただけで、世界が変わった。
ザァァァ……と止む気配のない音に混じって、パシャンパシャンと足元で踊るように跳ねる滴。
一瞬で全身を濡らしたそれは、あっという間に体温を奪っていく。
「っ霧嶋さん!」
「……」
「ちょ、待てって、」
「っ」
だから、なのか。
数十歩進んだだけであっさりと追い付かれ、腕を掴まれる。
力任せにそれを引っ張られ、僅かに体勢が崩れた。
「俺の事、避けるのはいいけど、そういうのはナシにして」
途端、容赦なく降り注いでいた雨が身体にぶつからなくなって。
代わりに、頭上でボタボタボタッと違う何かにそれがぶつかっているような音が聞こえた。
「傘、あげるよ」
「……え……要らない」
「いいから。もう濡れちゃったけどこれ以上降られ続けたら風邪どころじゃなくなる」
「それはキミも同じでしょ」
「俺は平気。馬鹿だから」
「……それ、関係ない」
「まぁそうなんだけど、風邪ひいても、霧嶋さんの代わりにひいたんだって思えるから寧ろ嬉しいというか」
「……意味が……分からない。キミ、何か気持ち悪い」
「酷っ」
今のはグサリときたよー。
なんて言いながら、へらりと笑う彼。
笑える箇所は一切なかったはずなのに、何で彼はそういつもいつも笑顔を浮かべているのだろう。
「じゃ、また明日な」
「っえ、あ、ちょっと、」
「じゃーなー!」
と、そう思った瞬間。
右の肩に傘を立て掛けられ、相も変わらずニコニコと人畜無害な笑顔を浮かべた彼は降りしきる雨の中へと走り出した。
傘=お節介
(結局、二人ともずぶ濡れね)