寝言は寝てからどうぞ
三十六歳、バツイチ、子持ち。
「………………え?」
「……ん、」
「………………ええ!?」
「……あ、おはよう……サエコさん」
十五の時に妊娠。十六で結婚、出産、そして離婚。
そんな人生のイベント的なものがぎゅうっと凝縮されたその一年あまりを経験したせいか、今まで何度か再婚、もとい、見合いを進められはしたが。
目に入れても痛くないほど溺愛している息子が二十歳になるまで自分の事は後回し、恋愛なんてもっての他だと心に決めて私は今日まで生きてきた。
「……り、リツ……君、」
「はい」
「な、何で……ここ、に?」
なのに、どうして。
「……サエコさん、昨日の事、」
「え」
「覚えて、ない、んですか?」
私のベッドに、裸の男が居るのだろうか。
いや、彼の事自体は知っているのだが、そうなった理由は全く思い出せない。
「え、と」
「……覚えて……ないんです、ね」
確か昨日は、愛する息子の二十歳の誕生日だからと我が家でパーティをした。
息子の友達やら先輩やら後輩やらを呼んで飲めや騒げや無礼講だなんだっつってバカやった。いや、私は飲んでただけだが。
で、それで?
重要なのはそこから先。
思い出せ、思い出すのよサエコ。
「いや、あの、さ、」
「いいんです。サエコさんべろべろに酔ってましたし」
飲んで、飲んで、飲んで、酔っぱらって。
そこからどう転べば、愛する息子が一番仲良くしている彼と目が覚めたら裸で同じベッドに居ました!な展開になるというのか。
「……や、」
「まぁ、そこにつけ込んだのは俺だし、後悔はしてませんけど」
「……」
「覚えてないっていうのはショックですね、やっぱ」
クニエダリツ。
息子より一つ年上で、息子の中学時代のバスケ部の先輩。そこから高校も同じところに行き、就職先も同じという仲の良さ。
中学の時から家には週四で遊びに来てたし、就職してからも月に二、三回は遊びに来てたから私自身もそこそこ仲良しな部類だとは思っていたが、これはない。
うん、ない。
「ご、」
「……」
「……ごめん、ね」
えへへ、と。
年甲斐もなく笑って誤魔化せば、未だベッドの中でモゾモゾしていた彼が突然視線をこちらに向けてきた。
ジ、と私を見据えるそれは眠そうにしていたさっきまでのものとは違い、酷く真っ直ぐで思わず逸らしてしまう。
「……謝らないでくださいよ」
「で、でも、」
「謝られたら、何か捨てられるみたいで嫌なんですけど」
「………………はい?」
しかし、さらりと吐き出された彼のその言葉に、逸らしたそれを再度彼へと向けるハメになる私。
捨てられる、だとか。
何言ってんだこの子。話みえねぇよ。
「サエコさんが言ったんですよ。こういう事するのは旦那もしくは彼氏とだけだ!って」
「……はぁ、」
「だから俺、結婚しましょうって言いました」
「……………………はぁ!?」
「でも、再婚なんかしないっ言われたんで、言い直しました。彼氏にしてください、お付き合いしましょうって」
「……はぁ、」
「そしたら、まぁそれならいいかって言ってもらえたんで」
「……………………はぁ!?」
「だから、覚えてないから捨てるとかやめてくださいね」
え、何言い出すんだこの子。意味分かんねぇよ。
え、本気?それ本気?何がどうなったらそうなるの?オカシイデショ。
「……ええと、つまり、リツ君は、」
「サエコさんの彼氏です。昨日の夜から」
思い出せ、思い出すのよサエコ。
ハッタリ……とは違うけど、何かあるじゃないほら映画とかドラマで起きたら裸でベッドで記憶ゼロで状況証拠バッチリだが実際には何もなかったのですよジャジャーン騙されてやんの!なパターン。
え、それじゃない?
ってかそれだよね?
「……ええと、その、リツ君は、」
「好きですよ。サエコさんの事」
「……」
「ずっと待ってたんですよ。あいつが二十歳になるの」
ナニコレ、ドッキリ?
ここで私がポッとかって頬を赤くしたら大成功〜っつって、プラカード持った息子がきたりとかするのか。
「だから、フルならそれなりの理由つけてくださいね」
「……え、あ、」
なんて、相変わらず真っ直ぐで一度も逸らさず揺らぐ気配すらない彼の視線におそらくそれはないのだろうなと悟った私。
「まぁ、手離す気なんてイチミリもないですけどね」
狐につままれたようなこんな韓流ドラマなみの夢物語を受け入れるしかないのだろうか。
「……そう、です、か」
「はい」
とりあえず、服を着ようと思った。
寝言は寝てからどうぞ (サエコさん、愛してます)
(……………………ありがと、う)