ひとときのティータイム

甲板に出ると強い潮風が吹き付けた。鴎の鳴き声がすぐそばから聞こえる。帆が風に靡く音が気持ちいい。
透き通った、青にも緑にも見える海がどこまでも広がっている。
「おお、マジできれいだなあ!」
「カリオン、ベラ、こっちだよー」
舳先近くでテピが手招きしている。
「今行く!」
裾を離さない姫を引っ付けた状態で、カリオンは舵を片手で握っているラドの元へ向かった。
近付くと、彼はちらりとこちらを一瞥したが、すぐに前方に視線を戻してしまった。
「ラド、船、ありがとな。昨日貸してくれた部屋もすっごく良かった。あのまま使わせてもらうよ」
「あっそ。好きにしろ」
被せ気味に言われる。
素っ気ない。昨日よりもなんだか他人行儀だ。
「どうかしたの?」
「ラドは人見知りなの、あんまり気にしないで」
仏頂面だとさらに海賊っぽく見える強面のラドに臆することなく、テピはあっけらかんと言う。その上、彼女は腰に手を当てているラドの逞しい右腕に両手を絡ませていた。
「あ、もしかしてラドの恋人ってテピ?」
照れたように、彼女は頬を赤らめた。
「きゃっ!恥ずかしい!うん、そうだよ」
ぎゅっと腕に抱き付くものだから、ラドの肘はテピの胸に挟まれた。
「うわー!やっるー!めっちゃ可愛いじゃん!ラドも隅に置けないなあ!ヒューヒュー!」
盛大にからかうと、とうとうラドが振り向いた。
「おい、うるせえぞ、カリオン!ベラトリアス連れてあっち行ってろ!気が散るんだよ!」
怒鳴られ、肩を竦める。
「怒られちゃったー。行こうぜ、ベラ」
「うん……。あ、あの」
「あ?」
凶悪な目付きで、ラドはベラトリアスを見る。
年下の少女相手にそんなに凄まなくていいのに、とカリオンが呆れていると、意を決したようにベラトリアスが言葉を紡いだ。
「ありがとう……ええと……ら、ラド……」
礼を言われるとは思わなかったのか、虚を衝かれたような顔をして、ラドは硬直した。そんな彼に早々に背を向け、ベラトリアスは満足げにひとり頷いて船内に戻る。
長いドレスの裾を、邪魔だと言わんばかりにぞんざいにたくしあげて歩く彼女に、カリオンは笑った。
「おもしろい姫さんだなあ」
「ふん、変わりモンなんだろ」
ラドが吐き捨てる。
「もしかして知り合い? ベラが名乗る前から名前を知ってたみたいだけど」
「……テピが呼んでただろ」
「テピは“ベラ”って呼んだんだぜ。 ベラって愛称だけでベラトリアスだとは思わないでしょ、ふつう。ベラチアンちゃんかもしれないし、ベラニアーラちゃんの可能性もあるし」
「あーあー、うるっせえなあ!テピ、こいつ下がらせろ」
「えー、言い負けてるラドを見るの楽しかったのになあ」
頬をふくらませたテピは、それでもラドから離れてカリオンの背をぐいぐいと押しはじめた。
「カリオン、食堂に行こ!お菓子があるよ。お茶も淹れてあげるね」
「わー、やったね!」
朝食抜きだったので素直に喜び、カリオンは何度か忍び込んだことのある食堂へ向かった。
食堂といっても、一般的な家庭の居間くらいの広さしかないそこには、船の中にしては立派なキッチンと、大きめの木目調のテーブル、お揃いの椅子が六脚置かれ、居心地がいい空間になっている。
「他の乗組員はいないの?」
以前はラドの他に四人ほどいた記憶がある。
「基本的にラドはひとりで船を動かすから。日雇いさんは長距離を移動する時だけだよ」
戸棚を開け、クッキーの絵が描かれた箱を取り出したテピは、それを大皿に盛り付ける。他にも数種類の箱や缶を引っ張り出しては皿に出している。
「ふーん。あ、座りなよ」
「ええ、ありがとう」
立ち尽くしているベラトリアスに椅子を引いて促す。その隣に腰かけると、お茶のいい匂いが漂ってきた。
「はーい、どうぞ」
大皿をテーブルの中央、お茶が入ったカップをカリオンとベラトリアスの前に並べ、テピは自分用のカップをカリオンの向かい側に置いてそこへ腰を下ろした。
「このクッキーはハチミツたっぷり、こっちはバターの風味が最高だよ!食べて食べて」
「いただきまーす」
「……いただきます」
さくさくのクッキーを頬張る。食べ慣れない味だが美味で、カリオンは続けて手を伸ばした。
「うっま!疲れた体に甘いものがしみるなあ」
「長旅だったみたいだね、カリオン」
ラドの恋人だ。テピにはいろいろ筒抜けのようだ。
「ま、まあね。さすがに七日間の船旅はしんどかったよ」
「昨日はよく眠れた?」
「それが、信じられないくらいぐっすり寝ちゃってさ。今日寝坊しなくてよかったよ」
乾いた口内を紅茶で潤す。紅茶も独特な香りだが、クッキーとよく合った。
「寝坊なんてしたらジュディちゃん怒るだろうなあ」
「え、テピ、あの魔女のこと知ってるの?」
「えっ?あ、ええと……」
視線をさ迷わせ、テピは曖昧に頷いた。
「うん、ちょっとだけ、顔見知りていどだけど……」
「へえ……」
深く訊いてほしくなさそうな雰囲気を察して、カリオンは話題を変えることにした。
「そういえば、狼男ってさ、本当にいるの?」
「え?」
「町の人とか、ラドも俺が借りた家に前は狼男が暮らしてたって言ってたから、ちょっと気になって」
別に怖いとかじゃないけど、と言い訳していると、なぜかベラトリアスとテピが深刻な表情を浮かべて顔を見合わせていた。
どうしたのだろう。首を傾げて少女二人を眺めていると、不意にベラトリアスがカップに手を伸ばして紅茶を飲みはじめ、テピが恐る恐るといった体でカリオンを見た。
「あ、あのね……、カリオンは、狼男ってきらい?」
きらい?
質問の意味がわからずに戸惑う。
「好きか嫌いかなんて考えたこともないんだけど……」
「ほ、ほら、狼男っていろんな物語で悪者として登場するでしょ?あんまりいいイメージがないから、どうかなあって……」
「ああ、そういうことね。別になんとも思わないけど。会ったこともないやつを嫌いになるのも変な話だし。というか、俺は狼男の噂を信じてるわけじゃないしね」
実在したとしても、害がないなら怖れないし嫌うこともない。
「俺、地上最大級に怖くて嫌いなやつがもういるから」
「…………そっか」
安堵したように、テピは微笑む。ベラトリアスだけがカリオンを盗み見ていたのだが、クッキーに気をとられていた彼は気付かなかった。


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