中篇 | ナノ

【墜ちる向日葵】




北極海に面した、崖の荒屋の扉が静かに叩かれた。
深緑のコートを羽織った青年がコンココン、とまるで合図のように木材で出来た扉を叩く。返事を待たずにその青年は扉を開けて、足を踏み入れた。
「おかえりなさい」
煖炉の前に置いてある揺り椅子に腰掛けた緑髪の青年が、振り向き彼を招く。バチバチと音を立てて煖炉の燃える炎が風に揺れた。
「どうしたの、其れ」
コートの青年が抱えたそれを、緑髪の青年は怪訝そうに見詰めた。両手いっぱいに抱き上げるそれを一輪、青年は手向ける。
「向日葵」
如何にもそうだ、と言わんばかりにあっけらかんと答えるコートの青年を見やり、緑髪の青年は溜め息を吐いた。
「お前に、似合うと思ったんだ」
「……季節外れにも程がある」
「高かったんだぞ、此れ」
「其れを誰が生けるんだい?」
「お前」
解り切っているだろうと、コートの青年は微笑う。そして椅子に腰掛ける青年に抱かせた。
「……今夜には此処を発つんでしょう?」
枯れてしまうだけなら、余りにも非情ではないかと緑髪の青年は言う。
「ああ、でも…やっぱり綺麗だ」
噎せ返る程、青々しい夏の香りが鼻腔をくすぐる。
其の香しい向日葵を、緑髪の青年は邪険にする事は出来なかった。
夜になり、二人が荒屋を発った後に残ったのは、沢山の写真と向日葵だけだった。
二人の変わりに、沢山の向日葵が横たわる。
枯れて芽吹く事も無く、この荒屋で二人の帰りを待つだろう。


10/1/19 UP
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