中篇 | ナノ

解離性恋愛論



彼が彼たらしめるものが、何一つ無くなったとしても、それは僕が彼を愛するのを止めてしまう理由になどなりはしなかった。
ただ解るのは、彼では無い彼が僕を愛し始めたということ。
そんな事、僕は望んでなどいなかったのに、彼が彼である所以が僕を苛む。
だから、抵抗が出来なかった。
「解ってるよ、お前が言いたい事」
それは理解しろといったこと?
それとも理解出来るといったこと?
口には出来なかった。
頭の中で自分自身が勝手に理論付けて言葉にするのを止めてしまう。
「なら、もう此処にいる理由は無いんじゃないかな?」
柔く彼を諭す。
理解を超えるなどあってはならはいのだ。
此処にいてはお互いが傷付き、駄目になる。
解っている、だから、僕は彼を貶めたかった。
彼に触れる指先から全身が震える。
ああ、あいしているのに、こんなにも貴方がとおい。
「わがままくらい、言わせろよ」
わがまま?
あれだけ僕を巻き込んでおいて、今更わがままだと。
好き勝手に感情を押し付けて、いなくなって、やっと逢えたと思ったのに、貴方は僕の事なんて忘れていたくせに。
「前の俺が、お前に何を言ってお前を傷付けたかなんて俺は知らない。でもお前は俺を前の俺と認識しても、それは俺の事を考えてくれてるって事には変わりないんだ」
「だから俺はここを出て行く気もないし、お前を愛するのも止めない。記憶を取り戻す事だって躊躇しない!」
心の何処かで、彼らしいと思った。
だけれど、頭の中を過るのは記憶を取り戻した後の、取り替えしのつかない絶望。
嘘偽りが駆け巡るあの感覚を僕は忘れない。
もしこの幸せな理不尽を彼が忘れてしまったならどうしよう。
僕はずっと愛していたのに、また貴方に忘れ去られてしまったなら、もう僕の心は脆く壊れるしかないだろう。
「記憶を取り戻したとしても、君はもう僕を愛していないかもしれないよ?」
そうだ、あの時愛していてくれたなら何か伝えてくれたはず。
愛していたなら、そう伝えてくれたはず。
「それでも俺が愛してるから、大丈夫なんだ」
笑顔だけは変わらない。
柔らかな屈託の無いその笑顔が、僕を不自由にする。
身動きすらままならずに、僕はその存在に溺れる。
「忘れてしまえるような人を君は愛せる?僕は愛しさで今にも壊れそうなのに、君が貴方では無くなったと思い知るたび…!」
息が出来ないと思う程の早口で叫んだ。
本当に好きなのは貴方ひとり。
そう言える自信が僕には無かった。
人生とは儚いのだ。
何度も他者を愛し何人も恋に落ち、切り捨てられ斬り捨てる。
でも彼にだけは何度も恋に落ちれた。
貴方に恋に落ちたのはこれでもう何度目なのだろう。
最初は誰も知らない、僕だけの思い出。
「愛せるよ」
今なら、
「忘れてもいいよ」
昔なら、
「もう忘れない。もう無くさない。もう離さない」
この言葉にどれほどの幸福感が得られたというのだろう。
「……絶対だ」
弱い自分(過去)と決別したかった。
柔らかに融けていく思考を捨て去る。
「今が俺にとっての幸せだから」
幸せ?これが?
彼の幸せは、僕と一緒にいる事では無い筈。
知っている、貴方は、あの人と共にありたいのだと。
貴方の面影をあの人に探そうとした事もあった。
それがどれだけ罪深い事だったかなんて、あの時の僕には計り知れない。
それを許し、あの人は僕に彼を託してくれた。
ライル。
ごめんなさい。君の願いを僕は叶えてあげられなかった。
「幸せなんて、此処には無いよ」
貴方はライルと、もう一度向き合うべきだ。
たとえ僕が貴方の記憶を取り戻すためのトリガーとなれても、貴方とは共に居られない。
それが条件だった。
記憶を取り戻せば、僕たちは離れる運命なのだ。
「ぼくがここをでていく」
このまま彼を取り囲んで、離したくない。
誰にも見せずに、大切に大切に仕舞い込んで、僕が息絶えるその時まで。
……矛盾しているのだ。最初から最後まで。
「じゃあなんでそんな、しあわせそうな顔をするんだよ!」
しあわせそうな?
そんな筈無い。僕の心は軋んで、今にもひび割れてしまいそうなほど痛いのに。
貴方の幸せは、僕じゃ与えられない。
貴方が最後の最期に望んだのは、ライルの未来。
「アレルヤ、アレルヤにとって今は幸せ?」
「……」
答えられないのを解っていて、貴方はどうして聞いてくるのだろう。
「……今が不安?」
こくりと頷いてしまった。
貴方が記憶を取り戻してしまうのが恐ろしい。
家族に殉じた記憶を。
貴方が記憶を取り戻して引き離されるのが恐ろしい。
愛してしまった数ヶ月を。
「だから俺を不安にさせるようなこと言ったのか」
その声は怒りよりも、少し呆れたようなものだった。
「記憶を取り戻して、もしアレルヤに嫌われるような俺だったらどうしようって思うこと、あるよ」
「俺は今アレルヤが好きなのに、アレルヤが俺のこともう嫌いだったら……って思うと、胸が痛い」
「…………でも、好きなんだ。愛してるんだ。言葉じゃなんとでも言えるけれど」
「どうすれば、アレルヤは俺のことをもう一度好きって言ってくれる?」





20150211


「好きだよ……!好きに決まってるのに」
記憶を取り戻しても、取り戻さなくても。
ただニール・ディランディという存在が生きている事だけが福音だった。
彼が生きているというだけでこんなにも胸が踊り、気が狂いそうになる。
愛しているということには、変わりなかった。


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