中篇 | ナノ

1話





昔むかしあるところに、結婚式を間近に控えた木こりがおりました。
色々あって国一の美少女と名高い姫と巨人を駆逐し、ドラゴンを打ち負かした木こりの青年は、ついに姫と結婚する事になったのです。
しかしその結婚を良く想わない人がおりました。
その者は魔法使いに姿を変え、二人を引き離そうとしたのです。



「夢も希望も無い世界へ」




「じゃあ今日はお先に失礼します」
ニューヨークのとある警察署。
ニール・ディランディは一児の父だ。
所謂男やもめという奴で、それなりの出世株であったのを棒に振り今は育パパとして定時で帰っている。
「何!?姫はもう帰るのか!!」
そこにやって来たのはSWATのグラハム・エーカーだ。
ニール一家を追い回すのが日課だがSWATの緊急出動から帰って来れば大体ニールの帰宅時間になってしまう。
「姫!今度の少年の誕生日会には私も呼んでくれたまえ!!」
少年とはもちろんニールの息子の刹那のことで、グラハムはその刹那にくびったけなのだ。
「今度の、って……刹那のお誕生日会は先月でしたよー」
先月に行われた刹那のお誕生日会、グラハムを呼ぶ事についてニールは怪訝であったが、刹那の数少ないガンダム友達であるので招待せざるを得なかったのだ。
結局SWATの出動で参加出来なくなってしまった事を今もなおニールにせがむ。
「ということで、お先でーす」
グラハムの話を2割程度に端折らせてニールは岐路についた。
愛車は出世株の時に最後の贅沢だと買ったスポーツカー。
鮮やかな緑の車体だが、中にあるのがチャイルドシートなのが少し悲しい。

行く先は刹那の学校では無く、お稽古の道場だ。
格闘技全般を指導しているが、講師であるアリーアル・サーシェスがどう見ても○ヤの人っぽくてやはりニールは好ましく思えない。
それでも実際に警察にも指導に来る講師ではあるので、それだけ有用なものを教えている所なのだろう。
「いつもお世話になってますディランディです」
「ハァイ、刹那パパ!」
道場の受付はサーシェスの奥さんのネーナだ。
サーシェスが無精髭を生やしているせいで実年齢より老けて見えるのと、ネーナがかなり若作りな(実際サーシェスとは十代の頃に結婚したそうだ)せいで、どう見ても犯罪にしか見えない。
「今日も刹那ってばヤンチャでぇ〜」
「いつもご迷惑おかけしています……」
刹那のヤンチャにはニールもほとほと困らせられている。
家族であるからそのヤンチャも受け入てあげられるのだが、仕事の都合であんまり構ってあげられないのが心苦しい。
「ンーン!ウチは子供の生徒が少ないから」
いいのいいの、とネーナは笑った。
「刹那ぁ、帰るぞ」
道場の入り口から声を掛けると、刹那が胴着姿のまま走ってくる。
ぺたぺたと裸足でかけてくる刹那の身長は、ニールの腰ほどだ。
同年代の子より小さい刹那はそれをよく馬鹿にされるが、相手を伸す事は無いものの身長差などを感じさせない位の喧嘩をやってのけるのだ。
刹那を車に乗せ発進する。
「やっぱり俺さぁ、サーシェス先生苦手だよ……」
「大丈夫だ、奴は俺が倒す」
的を射ない刹那の答えにニールはがっくりと肩を下げる。

「――ロックオン!車を止めろ!!」
外を眺めていた刹那が突如叫んだ。
ニールが慌ててブレーキを踏む。
既に大通りを抜けていた為事故にはならずに済む。
しかし刹那がシートベルトを外し車から飛び降りて、ニールは慌ててその後を追う。
「人だ!人が飛び降りようとしている!」
「な、なんだって!?」
小さな刹那の後についていけば、解体工事の足組に人が乗っていた。
拙い足取りでその細い足組を渡る……花嫁が、そこにいた。
一瞬ニールは自らの目を疑う。視力は8.0、マサイの戦士もびっくりなこの目を疑ってしまった。
いやでもあの白いふわふわなドレスはどこからどうみてもウェディングドレスだろう。
いったいどんなマリッジブルーなんだとツッコミを入れたくなったが、花嫁の少女は一生懸命に足場の向こうにある建物の看板を叩いていた。
「どなたか、どなたかいらっしゃいませんか……!」
看板は電光が張り巡らされてキラキラと綺麗な城を描いていた。
刹那が辿り着いた先は、歓楽街からも少し離れた寂れたラブホテルだった。
まだ電気は通っているのか、キラキラとした看板が眩しい。
「お嬢さん!そんな所で一体何を……」
「死ぬな!死ぬにはまだ早い!!」
「うおおおいせっちゃん!何煽ってんだ!!」
「あっそこの方!門番の方ですか?お城にいれてくださ……きゃあっ!」
花嫁が振り返った途端、ドレスのリボンが電光にひっかかりバチバチという音立てる。
「そこにいると危ないっ早く降りるんだ!!」
「降りる?降りるったって…………えいっ」
「飛び降りろとは言ってねえええええええっ!!」
ニールは走り、そのふもとで受け止めようと腕を伸ばす。
すとん。
些か軽い音を立てて、それこそ天使や妖精の羽でもあるかの如く、花嫁は華麗な程着地する。
ズザァ、と音を立ててニールはスライディングをキメただけだった。
「生きろ」
刹那の中ではまだ飛び降り事件として処理されているのか、まだ説得を続けていた。
「――で?君未成年じゃないの?こんな夜に危ないでしょ。おうちの人は?今日は仮装パーティかなにか?」
警察官としての職業上、それとニールの性格上、放っておく訳にはいかなかった。
「おうちの人……ですか?」
「じゃあ、何処から来たの?」
「アンダレイシア王国です。今日は結婚式でお城に……」
「アンダレイシア?パスポートは……持って無さそうだなあ」
身なりは良さそうで、一見して不法入国者のようには思えなかった。言葉も問題なく話せるので、ニールは手持ちの端末機でアンダレイシアという国を調べるが、該当する国家は無かった。
「誕生日は言えるか?それと、どうやってここに来た?船?電車?」
「誕生日はアンダレイシア歴88年、2月27日です。……気が付いたら道に倒れてしまっていて、お城を探している間に四角い馬車に乗ったり色々彷徨っている間にこのお城の前へ……」
「えっとこれはお城じゃないからね。じゃあ誰かに連れられて来られたんじゃないのかな?」
なるべく優しい口調で聞く。
「あ!そういえばここに」
アレルヤはドレスの前をはだけさせ、あろうことか自ら谷間に手を突っ込む。
「リス……」
「ハレルヤです!」
谷間から出てきたのは1匹のリスだった。
「キュィ!(てめー何ガン見してんだよ)」
意外と着やせするのかその谷間から顔だけをリスは出している。
こころなしかドヤ顔にも見えた。
「ハ、ハレルヤ?」
「生まれた時からずっと一緒なんです!式に向かった時にいないと思えば、こんな所に入り込んでたんだね」
もしかしたらものすごい天然ちゃんなのかもしれない。
ウチの子を超える勢いで……これはヤバい、と本能的に悟った。
そのままにさせる訳にもいかないので、着ていたジャケットを着せてあげる。
「取り敢えず、警察に行こうな……」
署に連絡をして引き取りに来るパトカーを手配する。
同僚の警察官に、もしかしたら頭がお花畑な子かもしれない、と忠告をしておいた。

*

翌日。カレンダー通りに働くニールは出勤だ。
ということは刹那も学校に行くのだが、最近登校拒否気味のせいで同伴出勤になってしまった。
学業が疎かになることがニールの気がかりではあったが、小さな刹那は署内でも人気があるし、みんなの仕事の邪魔になったりすることはけしてしない。
「あらぁ刹那〜今日もパパと一緒なのねぇ!」
「署長ばっかりズルいですよぉ〜!」
本庁からやって来ている署長代理のスメラギから熱烈な歓迎を受ける。
その補佐のクリスも、刹那を抱き上げるスメラギの横から出て来る。
他にも女性警察官は多くいるが、ニールの元同僚でもあるこれらのメンバーは、特に刹那に対して優しかった。
刹那を抱き締め、時に厳しく諌める母親の代わりとして。
「ロックオン、昨日の女の子なんだけどね……」
「クリス、今はニール、よ」
「あ……ごめんなさいっ」
「いいよクリス。そんなあだ名付けた奴が悪いんだって。で?昨日の子がどうしたんだ?」
「えっと……本当に何にも持ってないのよ。所持金もゼロ。お医者さんに見せたら頭にたんこぶが出来ててね、もしかしたら一種の記憶障害が起きているかもしれないんだって」
「ああ、やっぱり……」
「そこでご家族の方が見付かるまで、ニールが保護することになったから」
「はあ!?なんで!」
「シフトの都合」
「………………」
貴方がこの署で一番暇なの、と言われてしまっては仕方が無かった。
「い、いやでも女の子だぞ……!?」
「貴方仮にも警察官でしょう?」
恋に落ちるのなら別だけど、とスメラギはいう。
「それにほら、人妻に手を出すおつもり?」
ここまで言われてしまえばニールには逃げる道は無かった。
「……刹那がいいって言ったらな」
「いいぞ」
「即答ー!!」
最後の頼みの綱であった刹那も駄目だった。
やっぱりおっぱいか、おっぱいが恋しい年頃なのか……!とニールは頭を抱え膝を付いた。

業後すぐに署内の保育ルームへ刹那を迎えに行けば、既に刹那とアレルヤは仲良しになっていた。
リスのハレルヤへエサを与えたり、歌を歌ったり走り回ったり……刹那に技を仕掛けられたアレルヤがそれを反転させ刹那を転がしていた事には目を瞑ろう。
足組から飛び降りて無事だったところから、運動神経はいいようだ。
とにかく想像していたより仲良しになってしまっていて、ニールは後にひけなくなってしまった。
「ロックオン」
保育ルームの入り口に立ち尽くしていたニールを見付け、刹那はとてとてと駆け寄る。
「――刹那のお父様ですか?しばらくご厄介になります」
(あ、昨日会った事忘れてるな)
あまり恰好のいい出会いでは無かったので、忘れてくれていて良かったと思う。
「警察官のニール・ディランディです。暫く貴女を保護させて頂きます。ご不便をお掛けすると思いますが、よろしく……」
「ロックオンでいい」
「それ俺が言う事」
「?ろっく、おん、さん?でぃらんでぃさん?」
刹那の言葉にアレルヤは首を傾げた。
「ロックオンはニックネームさ。さんも要らねえ。男の二人暮らしだから家は手狭だが、アンダレイシアのお姫様にはのびのびとしてもらっていいですから」
「え?あ……はい、ロックオン。宜しくお願いします」

*

「ところでその服は?」
昨日のふわふわのウェディングドレスと違って、すっきりとしたラインの水色のドレスに変わっていた。
「作ったんです」
見ると保育ルームのカーテンが型に合わせてカットされていた。
(あ……黙っとこ……)
その日はすぐに帰宅した。

*

「あぁ、食べるものが無い!ちょっとここに座ってて、買い出しに行ってくる」
アレルヤを引き連れて家に帰ったのはいいもの、今朝出てそれっきりだった。
冷蔵庫が空っぽだったことに気付き、ニールは慌てる。
そもそも男の二人暮らしであるから、ここ暫くは洗濯ぐらいしかまともに出来ていない状態だ。
刹那と一緒にいるように伝えて、ニールは帰ったばっかりのマンションの部屋を出た。
(ていうか、病院に入院させれば良かったんじゃないか?)
業務に追われ考え付かなかった事に、エレベーターを待っている間に気付く。
頭にたんこぶが出来ているんだから、わざわざ連れ帰る必要は無かったのではないかと。
少しレトロな作りのエレベータのベルが鳴り、エレベーターが到着する。
やって来たエレベータに乗り込み、1階へ降りるボタンを押す。
「……待てっエレベーター!止まれ!!」
「うわあっ!?」
バン、と勢いをつけて閉じかけの扉に細い腕が差し込まれる。
「よ、ようティエリア……」
「ああ、ロックオン。もうそんな時間なのか?」
「お疲れだなあ……仕事は順調?」
乗り込んできたのは隣に住むティエリア・アーデだ。
ティエリア1階でいい?と確認してから、エレベーターは動いた。。
この時間帯ならティエリアも夕食の時間なのだろう。
「だめだな、インスピレーションが全くない。また貴方の血滾る犯人狙撃話でも聞きたいんだが」
「あんまり刹那の前で話したくないんだがなあ。っていうかお前さんの仕事に血は関係ないんじゃ?」
ティエリアは隣の部屋に住むデザインアーティストだ。
見た目通りの繊細な衣装や舞台などを作っている。
その割には大捕り物ややらカジノ潜入やら、激しい映画が好きらしく、かつてニールがSWATで狙撃手として活躍していた時の話を聞かせて貰いにやって来るのだ。
「アドレナリンは必要です。……?刹那は?」
「今日は留守番」
「過保護なあなたが、珍しい」
「刹那ももう6つなんだから」
紅玉色の瞳が見開かれて驚きを示す。
6歳なんだから、といいつつ刹那を家に一人にしたのはほぼほぼ初めてだ。
家で留守番をさせるくらいなら道場で練習をさせてたり(あそこは基本いつ行っても大丈夫な所が魅力だ)、道場が休館日である時は弟のライルに預かってもらう。
「……今日はできものでいいかあ」
「残念、ご相伴にあずかろうと思ったのに」
「たまには自分で作れよ」
キッチンの惨状を考えると今日も店屋物になるのは目に見えていた。
しかし朝食だけはそうもいかないので、パンに卵、ベーコン、気持ちばかりの野菜も一応買って帰る。
食糧箱も綺麗にすれば、底にじゃがいもぐらいあるだろう。
今週も週末は掃除で手一杯だろうなあ、と考えた。

*

結局レジも帰り道も一緒で、エレベーターも一緒。
エレベーターを降りてドアを開けるまで一緒。
「ああそういえばロックオン、回覧板……」
「うおへあっ!?」
玄関を開けて素っ頓狂な声が上がった。
何故かというと、玄関扉を開けてドブネズミが大量に飛び出してきたからだ。
「ネズミ……?」
すぐ隣にいたティエリアもまた茫然とその光景を見ていた。
ずどどど、とその大群はどこかへと掛けていく。
「はっ……刹那ぁ!?大丈夫か……うひゃあっ」
慌ててリビングまで行くと、部屋の中にはハトが今まさに窓の外へと飛び立とうとしている所だった。
いつから自宅はマジシャンボックスになったんだ?
そんなツッコミをニールが考えるまでに、アレルヤがにっこりとそこに立っていたことに気付く。
「あ、ロックオンおかえりなさいっ」
びっくりするぐらい清々しい笑顔で。
バクテリアだらけの動物でいっぱいだった部屋の惨状を見てみろ!とつい叫びたくなったが、そこは出かける前の状態より遥かに綺麗になっていた。
「……あれ?」
「なにっロックオン!?女性が部屋に……!ついに結婚する気になったのか!?」
後を追ってきたティエリアがアレルヤと邂逅する。
「しかも巨乳!!Gカップと見た!!!!」
「じー?かっぷ??」
ティエリアの謎のテンションにアレルヤの頭の上にハテナが見える。
そうかGなのか、と納得するよりもいやアンダーのサイズから見てブラサイズ換算だとHだ!と瞬時にそんなツッコミを考えてしまい、無駄に目がいい事を少し悔やんだ。
「G!元気のG!俺がガンダム……」
「ちょっとせっちゃあああああん????何があったのかパパに話してくれるかなあああああ????????」
……間……
「……てなわけで、アレルヤはただ歌を歌って掃除をしていただけだ。」
ただその歌に野生の動物が引き寄せられたんだ……と刹那は謎なワールドを展開した。
いくら刹那ワールドがガンダムまみれとはいえ、今回は流石にファンタジー臭すぎやしないか?とニールは頭を抱える。
しかしすっかりティエリアもアレルヤと仲良くなってしまい、その話題は刹那の証言と、実際に部屋が綺麗になっているという事実のみで、集約された。
「で?アレルヤはその熊に井戸に突き落とされて、NYまで流れ着いたのか」
「そうなんです!ハレルヤが手を掴んでくれたんだけど……結局一緒に……」
いくら女の子とはいえ、リスがひっぱりあげられる訳ないだろう……とツッコミはもう彼方に飛んでしまって、うんうん、と結局食事を4人と1匹で迎えてしまった。



翌朝。
ついだれも居ないていでバスルームに入ってしまい、うっかりシャワー浴びていたアレルヤと遭遇してしまった。
シャワーカーテン、新しいのに変えていて良かったと心底思いながらそっとバスルームを後にして、キッチンへと向かった。
綺麗に片づけがされていて、キッチンじゅうに散らばっていた食料がひとまとめにされていた。
空っぽだった冷蔵庫がほんのちょっとだけ充足感が出ている。
「ろっくおん……」
「お、偉いな刹那。一人で起きれたのか」
「はみがき……」
「今アレルヤがバスルーム使ってるからな、ちょっと我慢なー」
「したぞ」
「事後報告!!!!」
「おはようございます、ロックオン」
「はい、おはようございます」
不注意であったとはいえ、先程自分もバスルームに侵入してしまったということもあり、つい固っくるしい喋り方をしてしまう。
3人で朝食を囲む。
「……」
「……」
「……」
なんだかすごく、気まずい。
無言が続いた。
「刹那、今日は学校行くよな?」
「オレが行くとアレルヤは一人になる」
「アレルヤは病院!」
「どこか具合が悪いのか……?」
「頭打ったんだとよ。精密検査がまだ残ってるらしい」
「……わかった」
納得した刹那とアレルヤを連れて、家を出た。
1階で二人をエレベーターから降ろして、ニールはそのまま地下に併設されている駐車場へと降りる。

『ス……ロス……コロス……』

その時薄暗闇の奥から、小さな声がしていたことをニールはまだ知らない。



助手席にアレルヤが乗る。
女性を隣に乗せるのは、実はというこの車を買って初めてだ。
今までで一番イイ車を買ったのだが、その頃には既に刹那を引き取っていたため、今更ながら少し緊張してしまう。
頭の中はお花畑の天然ちゃんだが、黙っていれば理知的な顔をしているし、髪も豊かな黒髪。それに縁取られるようにして、健康的な肌の色の、豊かな肉体が湛えられていた。
観察するように見てしまって、慌てて視線を正面に戻す。
駐車場から少し歩いて受付で警察手帳を出す。
一応警察病院でもあるから、受付のナースがああ、検査ですね、とあっさり奥へと通してくれた。
「今日は色々検査があるから、あとは看護師さんの指示に従って……」
「ハイ」
「お昼ご飯は何処かで適当に買ってくれ。お金はこれ。レシート貰っておいてな」
「ハイ」
「……アレルヤ?」
「ハイ」
「……だいじょうぶ、ヘンな所じゃない。ただの病院さ」
不安げにシャツの裾を掴まれていた。
頭を打って、今の状況がよくわかっていないのだ。
知らないところに放って置かれるとなれば、こんな小さな女の子、心細い筈だ。
アレルヤの身長は高い。不謹慎ではあるが体の方も成熟してる部類だから、きっと未成年ではないだろう。
ただ頭の方が夢見るお年頃な事には変わりない。
「あっ……ハレルヤ!もう、何処に行ってたの?心配したんだよ」
しょんぼりと俯く頭を撫でようとしたその途端、ひょっこりとアレルヤの背後から小さなリスが駆け上り、ニールが触れようとしたアレルヤの頭の上を陣取る。
小動物のくせに、どうしてコイツはこんなにも見事なドヤ顔なのだろうか。
危うく噛まれそうになった指先を慌てて引っ込める。
眉尻を下げていたアレルヤの表情が、ぱっと明るくなった。
「取り敢えず、昼休みに一度来るから」
「わかりました!」
ぴょこぴょことアレルヤの肩や胸元、腕を行き来して戯れるハレルヤを見て安心したのか、すっかりアレルヤは元気になって、手を振って検査室の方へと進んでいった。

*

次回
「ハトにエサやるなら1ドルだよ」

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