中篇 | ナノ

学パロ本断片



君だけだ、と素直に言える筈が無かった。
他の誰よりも、君がいいだなんて、言葉に出来る理由が無かった。
君の吐く嘘が何よりも腹立たしかった。
どうしてここまで辱められても屈せず、立ち向かって来るのだろう。
既に抗えないように躾ていたって、おまえは。
どうしてそんなに愛おしげな瞳でこちらを見るのだろう。

夏休みを控えて、猛暑日が連日続いた。
空調が壊れたのか、元々壊れていたのかは分からないが、数学準備室ことこの倉庫部屋は先週から窓が開いたままだった。
開けっ放しの窓のおかげで埃が舞うせいか、この部屋の主も掃除を行うということを覚えたのか、最近は訪れるたび片付いて行くのが分かる。
「なんていうか……なんでもっと早くに掃除をしなかったんですか?」
「さあ……」
どろどろのくたくたなのは、掃除をして汗をかいたからではない。
「ソファとかこれ、何年ものなんですか」
「俺が高等部の時からあった」
「ひええ……」
革製のそれを思わず拭く。色々な体液で塗れた体で横たわるせいでヘンな染みが付くのは勘弁してほしい。
「アレルヤ、それ」
「え?」
ソファを拭く手をニールに指差されて、静止した。
「俺の白衣」
「……あ」
「洗濯して返せよ」
意地悪くニールはアレルヤの手からそれを奪って、アレルヤの腹を拭いた。
「ご、ごめんなさい…………っん」
つるつるしているくせにごわごわした独特の生地のそれは、水気を吸わずただ肌の上で伸ばされるだけだった。
「もう一回シよう」
白衣で肌を拭ったかと思えば、それはアレルヤの性器を包み込むようにして、その上からしごく仕草をする。
「や、いま……シたばっかぁ……」
性器への愛撫は布越しとはいえ十代の体にはかなりの快感だった。特に先ほどまでそういう行為をしていたのだから、反応が無い方がおかしい。
腰をビクつかせながら、アレルヤはニールの腕の中から逃れよとする。しかし胸を抑えられ、逃げ腰だけが誘うように揺れるだけだった。
「っひい」
背骨を波打たせて逃げようとする動きのせいか、コポ、と先刻ニールに注ぎ込まれた精液が溢れる。




無気力だ。非常に曖昧な輪郭を掴み取ろうとする意味の無さを感じている。






「どうして、お前までそういう目で俺を見る」

物語は綺麗なエンディングを迎えはしなかった。
そして彼は――アレルヤは、二度落胆した。
目の前の男がニールであること、それが真実で、そしていままでニールではないニールだと嘯いていたのだということに。
ニールの瞳はあからさまな失意の色を示す。
ニールはライルになりたかった。
ライルのふりをして、その上で何も知らないふりをして、アレルヤの望むニールを演じたというのに、しかしそれを望まぬという理由だけでアレルヤに失望していた。
あの日見ていたのは桜ではなくお前だよ、と美しい物語を与えるだけ与えてそれで夢のような日々を過ごし、ただニールがニールであることを棄てた時から、アレルヤは彼の真意など知りはしないまま彼の手駒にされていた。
「お前の望むものなんて俺は持っちゃいない」
アレルヤからの言葉は全て薄かった。
ニールの表面しか語らぬ彼をニールは軽蔑した。
だがその純真さ故に、犯し、傷付け、それでも尚優しく触れると、微笑んでくれる彼を愛おしくさえ思ったというのに。
なのに、何故、ニールだと知って絶望するのは、やはり彼が自身に淡い夢を描いたからに過ぎない。


2014

ボツにして
噂が流れる→そんなことありませんよハッハッ→誘い受け→?→ライルバレとかどうだ
誘われるのがらいるんの方がー!
ウッ




「副会長?」
先に気付いたのは刹那の方だった。
アレルヤは今ここで何が起きていたか一瞬で理解して、そして何も言えず固まってしまった。
「……噂が流れているのも、知っていると思うが」
どう言葉を繋いだらいいか分からない、と言った様子で刹那は弁明をする。




ライルバレ?

「どうして、お前までそういう目で俺を見る」

物語は綺麗なエンディングを迎えはしなかった。
そして彼は――アレルヤは、二度落胆した。
目の前の男がニールであること、それが真実で、そして今までニールではないニールだと嘯いていたのだということに。
ニールの瞳はあからさまな失意の色を示す。
ニールはライルになりたかった。
ライルのふりをして、その上で何も知らないふりをして、アレルヤの望むニールを演じたというのに、しかしそれをアレルヤが望まぬという理由だけでアレルヤに失望していた。
あの日見ていたのは桜ではなくお前だよ、と美しい物語を与えるだけ与えてそれで夢のような日々を過ごし、ただニールがニールであることを棄てた時から、アレルヤは彼の真意など知りはしないまま彼の手駒にされていた。
「お前の望むものなんて俺は持っちゃいない」
アレルヤからの言葉は全て薄かった。
ニールの表面しか語らぬ彼をニールは軽蔑した。
だがその純真さ故に、犯し、傷付け、それでも尚優しく触れると、微笑んでくれる彼を愛おしくさえ思ったというのに。
なのに、何故、ニールだと知って絶望するのは、やはり彼が自身に淡い夢を描いたからに過ぎない。
「お前は嘘吐きだ。俺も、嘘吐きだ。これに懲りたらもうここには来るな。俺を糾弾したっていい。警察に言ってもいいし、転校したいなら俺が処理する。だからもう俺に近寄るな。お前は夢を見てたんだ。お前の望む人間はコイツじゃない。俺じゃない。だから、」
ニールの言葉を最後まで聞かずアレルヤは飛び出した。
聞きたくなかった。何度も失望させないで欲しかった。
だってあんなにも好きだったのに。好きだと思うことでやっと自分を保つことが出来たのに。

⇒ライルのセリフ?

ニールとアレルヤのけんかっぽいのはさんで↓






「出来ればおれ的には、そのティエリアも居た方が都合はいいんだけど……」
ライルは何かを言い含めて、そしてチラリと視線を刹那へと向けた。
「副会長ですら手綱を握りかねている状態で、お前が出来るようには思えないがな」
「……あの、貴方は、君は……何をしようと、」
同呼び掛ければいいのかアレルヤは未だ把握できず、左右を見比べた。
「ライルでいいよ。刹那も、刹那で」
「俺たちはニール・ディランディの退職を希望している」
心底面倒な顔をしながら刹那は言った。







無気力だ。非常に曖昧な輪郭を掴み取ろうとする意味の無さを感じている。


ライルバレ?


「戻ろう?今からなら間に合うよ。だから……」
がんばろう?
言葉は凶器だった。
優しさは狂気になった。
純粋であるがこそ彼はまともな言葉を正常に語りそれを毒矢の如く投げた。
「それはお前の理想論だ」
努力ならしてきた。だが、努力だけでは……努力をする、その行為自体が自らの半身を傷付ける結果となっていたのだ。それを早くに理解し、そして実行することで二人は平穏に生きて来れたというのに、少し齧っただけの子供がさも理解したかのように語るのが腹立たしい。
「俺を救う?あのこを救う?――それは救済なんかじゃ、ない。勝手なお前の自己満だ。」
そう言い放つニールにアレルヤは、言葉を返せなかった。
返せる筈が無かった。目の前のニールは、かつてアレルヤを嬲ることだけを悦びとしていた頃の瞳に戻ってしまっていたのだから。誰かを虐げる事で安堵していた。心が穏やかだった。
なのに、アレルヤと心を交わした事で再びニールの心は崩壊へと向かっていく。

「どうして、お前までそういう目で俺を見る」

そして彼は――アレルヤは、二度落胆した。
物語は綺麗なエンディングを迎えはしなかった。
目の前の男がニールであること、それが真実で、そして今までニールではないニールだと嘯いていたのだということに。
ニールの瞳はアレルヤに対してあからさまな失意の色を示す。
ライルのふりをして、その上で何も知らないふりをして、アレルヤの望むニールを演じたというのに、しかしそれをアレルヤが望まぬという理由だけでアレルヤに失望していた。
ほんとうの自分など、アレルヤは望んでいなかったのだ。
「お前の望むものなんて俺は持っちゃいない」
アレルヤからの言葉は全て薄かった。
ニールの表面しか語らぬ彼をニールは軽蔑した。
だがその純真さ故に、犯し、傷付け、それでも尚優しく触れると、微笑んでくれる彼を愛おしくさえ思ったというのに。
なのに、何故、ニールだと知って絶望するのは、やはり彼が自身に淡い夢を描いたからに過ぎない。
「お前は嘘吐きだ。俺も、嘘吐きだ。これに懲りたらもうここには来るな。俺を糾弾したっていい。警察に言ってもいいし、転校したいなら俺が処理する。だからもう俺に近寄るな。お前は夢を見てたんだ。お前の望む人間はコイツじゃない。俺じゃない。だから、」
ニールの言葉を最後まで聞かずアレルヤは飛び出した。
聞きたくなかった。何度も失望させないで欲しかった。
だってあんなにも好きだったのに。好きだと思うことでやっと自分を保つことが出来たのに。


*****


図書館(秋)から、酷く二人の間には妙な空気が流れていた。
視線すら合わせず、かつて虐げ、虐げられていた頃よりも関係性は希薄になった。
なまじ一瞬でも心を重ねたから――二人は、お互いがお互いを知覚出来なくなってしまうほどに、互いを疑った。
アレルヤの持つ鍵で、部屋は開かれなくなった。
来訪者を拒むかのように、或いは選定するかのように、そこは常に閉じられたままだ。
ニールは、ただそこで待っていた。
どちらかを選ぶかは、アレルヤに任せた。
何も言葉も掛けず、ただじっとそこで待つ。
自分からの言葉は、もう彼にとって何の意味も成さないのなら、それは、最初から無意味になってしまう。
待つ日々が続いて、次第に息が白くなっていく。
白衣に入れている手が悴むのが解った。


「……あのさあ、どうしてここに来るんだよ」
「だって、」
「だー!かー!らー!おれと刹那はなんも関係無いって!兄さんも!!」
「じゃあいいじゃないですか」
「あのなあ……」

アレルヤはライルのラボに通い詰めだった。

「……ぼくがあなたを好きだって、言えばここに来ていいんですか?」
アレルヤの言葉にライルはげんなりした顔をして見せた。
事実ライルはそういう発想が大嫌いだったからだ。
それなりに女子とお付き合いはした事ある。すぐ別れた子もいたし、長く付き合った子もいたのだが、大体別れる切っ掛けは「私と研究、どっちが大事なの!?」と言われるよくあるパターンであった。
酷い時なんて「貴方は研究とお兄さんがいればそれでいいのね」とビンタをされたことがある。
「……嘘ですよ。ぼくの好きな先生は、もうどこにもいないんだ」
呆れ顔になったのはライルではなくアレルヤの方であった。
本当に諦めているのであれば、こんなところに通い詰めるようなことはしないだろう。
表面上の彼の内実というのは、まだ出会って日も浅いライルには分かり兼ねたのだが、彼が彼の双子である弟とすら、内に秘めたるモノの共有を行っていないということは、感覚として理解することが出来た。
小学校の理科室のようなラボは、ライルのプライベートルームだ。
兄が高校に自室を隠し持ち、心安らげていたのと同じく、彼は彼で大学の古い研究棟の奥に閉じ籠った。
兄弟で似たり寄ったりな事をしているのを知ったのは、ニールが教職に就いて数年後……母校に帰って来てからの事であった。
大学時代は仲良く二人でルームシェアをしていたが、ニールが教職についてからはライル一人になってしまった。暫くはそのまま一人暮らしをしていたのだが、次第にわざとでは無く本当にラボから出れない日が幾日も続いて、それが何度も続いて一月家に帰っていなかった、と気付いた時、やっと実家に帰ろうと思い立ったのだ。
兄のいない実家の、なんと羽の伸びる心地よさか。無意識下でライルは兄の存在がストレスであったのだとやっと気付いた。
それにニールが気付いたのか、ただ単に一人暮らしの方が楽であったのか、勤め先が母校に変わった後もニールは一人暮らしを続けている。
ストレスであった、というのは少し、言葉として不適切かもしれない、とライルは一人に回想する。
アレルヤは特に何をするでも無くただそこにいた。
ニールに成り代わるのは、とても心地が良かった。憧憬のニールの姿を真似て、誰もが己を兄だと慕う。最初はアレルヤもその内の一人であった。だがライル自身はそれ以上でも以下でもなく、誰一人として特別は作らなかった。
筈、だった。
アレルヤには刹那とは何も無いと先ほど釈明したのだが、それはアレルヤのいう……例えばではあるが男と女のような色恋の出来事であったり、肉体の関係であったり……そういうのは無かったという自己弁護だった。
刹那を嗾けたと言ってしまえば聞こえは悪いかもしれない。だがそれはどちらかといえばライルからの休戦協定でもあった。
刹那を仕向けたのは、自分の身代わりにしようとした。
ライルの、ライルが感じるよく分からない不快感。失意、絶望、劣等感。
それらを払拭するためには、己は確固たる己にならなければならなかった。
理数系であり論理主義な変人であるのは、兄弟揃って同じであった。
数値化することで人の心まで掌握出来る術は幾分兄より自分の方が優っている。
兄はただ偽りの、人良い仮面を被っているだけ……そう気付いたからこそ、不快感はより一層深みを増し、絶望の淵で失意の羽をがれた。
兄を憎んでいる訳ではない。
だが、自分には己というものが無かった。
だから兄の手の内に自分の代わりの駒を抱かせる。
そうすることで自由になれるのだと、安易な考えに至った。
「そういうさあ、勝手なイメージで他人を語るの、良くないぜ」
そう言葉を発しながらライルはずかずかとアレルヤの心象を害する。
おもちゃのようにして実験装置が並べられたテーブルの横に座りこんでいたアレルヤはあからさまに傷付いた、といった顔でライルを見る。
眉を寄せて大きく瞳を拓ける様子は彼がまだ嘘の吐き方さえ知らぬ幼子のように純朴に見えた。
「勝手なイメージなんて、」
抗弁を垂れる。だがその後に続く言葉は何も無かった。
驚いたような表情は、みるみる絶望のかんばせへと変化を遂げる。
気付かされた、と、失意は怒りへと変容し、そして奇妙な納得感とともに、アレルヤを底に押しやった。
「どうせあの人の優しさとか、気前の良さとか、いいとこしか見えてないんだろう」
「お前が思ってる程、あの人は簡単じゃない」
簡単では無かった。この二十数年、他の誰より一番近い所にいたライルでさえ、ニールの真意にさえ触れる事は許されなかった。
ただ一心にその愛を享受し、愛されるがまま生きて来てしまった。
ギシギシと椅子が軋む。何もかも寄せ集めで出来たこの研究室は、兄の要塞ほど堅固では無かった。
だからこうして今、ライルはアレルヤの侵入を許している。領域戦犯。その代償は。
言葉を紡ぎながら思考する。
今は二人、同じ男の影を描く。
「……それなりに、解ったつもりだったんだけどな……」
真実はまだ語られていなかった。
ライルは自身が大きな誤算をしているのに気付いていない。
ぴくりとアレルヤの言葉にライルは反応する。
「おい、このカップラーメンの賞味期限切れてるぞ」
がしゃん。
突然の来訪者にライルは背中を仰け反らせ、研究着が椅子のキャスターに巻き込まれてそこから転げ落ちた。
「ちょ……おま……」
こっちは真面目な話をしていたのに。
来訪者……刹那の登場に腰を抜かしてしまった。
動揺したのは刹那ではなくそばにいたアレルヤだった。
反射条件のようにライルに駆け寄ってその様子を伺う。
おろおろとしてもなお手を差し出さずにいるのは、アレルヤの元からの性分であるのか、それと触れられない何かがあるのか、ぼんやりとライルはそんな事を考える。
「なんだ、副会長もいるのか」
「っあー!もう、そうだよ!!お前がそういう情報こっちに流さないから、俺の計画が台無しなんだよ!!!!」
「そういう情報……?」
むしゃくしゃしたようにライルは声を張り上げで立ち上がった。
怒り心頭、といった表現をするライルに刹那は首を傾げた。解ってやっているのか、それとも本当に分かっていない朴念仁であるのか。
ライルにとって兄と同じくらい、刹那の事がわからない。しかし兄のように聖人君子を騙る訳でも無かったので、年下であるという事も含めてまだ扱い易かった。
扱いにくいのはぼう、と座り込んだまま天井を眺めるアレルヤだ。
何を考えているのか、そういうのは分かり易い性格をしているのに、思った方向には動かない。
その癖いい人を無意識に演じるうえに、嘘を吐くのに抵抗や忌避感すら覚えていない。
ある種の人間からすれば、その純真さは害悪だ。
だから、それをこいつは分かっちゃいない。
自分の事すら分からぬままのお子様であるというのに、何が「分かったつもりだった」と言うのだろう。一体何を知っていると言うのだろう。
「副会長とニールの関係性?」
刹那は周囲には鈍感な癖に、妙な推測は鋭い。
腕を組んでふむ、と口元に手を当てて考えて、そしてその後にとてつもない爆弾を落とした。
「お互いが好きなのは明白だろう?」
はぁ?とライルは眉を寄せる。あの兄が、他人を好きになるなどあり得ないという考えの元のリアクションだった。
「アレルヤが好きなのは分かるけど、まさか兄さんが?」
「……そうじゃなければ、担当学年じゃない生徒に手を出すか?」
「ああ、うん……いや?いやいや??」
いくら好きでも未成年に手は出さねーぞ?とまず、大人としての世間一般的な思考を露呈した。
「あなたが刹那に……」
「あれは噂を流す為のやつだ!!」
言い含めるアレルヤにライルは重ねて声をあげる。
「そっちから求めて来たくせに……」
「はぁ!?」
ぽっ……とわざとらしい仕草をして刹那はアレルヤの後ろに隠れる。
うわあ、という視線でアレルヤに見詰められてライルは冷や汗が垂れた。
「……でも、ぼくがそれを見たのは、噂が流れてからの話だよ?」
「前後関係はどうでもいいよ。つか兄さんが本気なのか、おれにもわかんねーんだから」
ううん、と腕を組んでライルと刹那は考える。
当のアレルヤはそのまま、そこで首を傾げた。
お手上げだ、と作業着を脱いでライルは着替えを始めた。
スラックスに足を通して、シャツにネクタイ、ジャケットを羽織る。仕上げに作業用ではない白衣を纏って、研究室を出ようとした。
「飯食いにいくぞー」
賞味期限切れのカップラーメンを見なかった事にして学食へ行こうと提案した。
「おごりか」
「バカちげーよ。……おい、行くぞ」
「あ、うん……」
ほんの少しだけアレルヤは期待してしまう。
自分が彼を……彼らを、見ていた羨望の眼差し。
あのように側に寄り添って見えたのだろうか。
二人の手のひらは、繋がれていただろうか。




日々は誰にも止められなかった。
毎朝同じ時間に起きて、学校に行って、そして同じ道を帰る。
ぽっかりと体の中心が抜き去られて外側だけになっているような感覚。しかし既視感。既にそれは、かつて味わった感覚のような……充足感とは程遠い。無気力だ。非常に曖昧な輪郭を掴み取ろうとする意味の無さを感じている。
駆け引きはまだ、続いているのか。
手駒は残っているが、それに伍する気力は今のアレルヤには無かった。






図書館の出窓に腰掛けたライルは語り出す。
「自分っていう人間は、一人しかいないんだ」
「姿や形は同じでも、中身は誰にも見せられやしない。自分以外に分かりはしない」
「だからいいんだ。おれは。……でも兄さんは、それを分かっちゃいない」
「いつまでも子供じゃいられないのにな。兄さんは、いつだっておれと、一緒がいいんだ」
「……それでも、いいの?」
ライルの問いに立ち尽くしたアレルヤは静かに頷いた。
彼の中にあるものが刹那で無いと知った時酷く安心した。
そしてそれがライルだと解った時、自分は他の誰より近いところまで登り詰めたと優越感さえ覚えた。
勝てる筈が無い。
だから、二番でいい。
慣れっこだ。いつまでもハレルヤの後を追うばかりの子供の頃と変わりない。
そして、その諦めは、目の前にいるライルと、同じものであった。
「泣かないでくれよ、兄さんに怒られちまう」
「ぼくは二番でいいんだ、ぼくは……でも、あなたは、それでいいの。二番で、いいの」
「……それ、誘ってる?」
同じ質問を繰り返すアレルヤに、ライルは茶化すようにそう言った。ぐずぐずと涙を啜るアレルヤに近寄って、その涙を拭ってあげる。
二番でいいのかというアレルヤの問いは、ニールからアレルヤを奪ってもよいのだという悪魔の囁きにも聴こえた。
でもアレルヤを奪っても、兄はなんの変化も無いだろう。
アレルヤが二番である限り。兄の一番が自分である限り。
ただ穏やかに微笑んで、そうか、とアレルヤを捨てるだけだ。
ライルはそっと、涙でぐちゃぐちゃなままのアレルヤをぎゅっと抱き締める。
願いを込めて。
「俺から兄さんを、奪ってよ」
そしてそっと、その体を突き放した。
兄の事をもう恨んだり憎んだりはしていない。
そうじゃなければ同じ高校を受験していない。
気付いていないのは、ニールの方だった。
いつまでもライルが自分を憎んでいると、愛していないと思い込んでいる。
そうやって少しずつニールは歪んで行った。
ライルに突き放されたアレルヤは、まるでライルからの激励を受けたかのように、その言葉を胸に焼き付けた。
少し後ろ髪を引かれながらも、アレルヤはニールのいる数学室へと走る。
走って、走って、アレルヤの姿が見えなくなった頃、ライルは出窓から書架の棚の向こうへと呟いた。
「……おれの事が欲しいなら、キスしてよ」
ライルはそっと瞳を綴じる。
微かに開いた窓から微風が吹き込む。
どうしようもないくらい、兄を傷付けられなかった。
たった一度の反抗が、こんなにも尾を引くとは思ってなかった。
嫌われたくない。唯一無二の存在。だから、分かっている振りをした。
おれの気持ちなんて、分からないくせに。
分かって欲しいと言い出したのは、自分だから……。
ライルは訪れる静かな口付けに、そのまま身を委ねた。
この体の温もりだけは紛れもない現実だ。
そして、その温もりの正体は、確実に兄には与えられないものであった。
アレルヤも、双子の兄のニールも知らない。
図書館の、幻。










「多分それは、そこまで重要じゃないと思う……」
心が離れているのは事実、アレルヤの方だった。
ぽっかりと体の中心が抜き去られて外側だけになっているような感覚。
しかし既視感。既にそれは、かつて味わった感覚のような……充足感とは程遠い。
駆け引きはまだ、続いているのか。
手駒は残っているが、それに伍する気力は今のアレルヤには無かった。
無気力だ。非常に曖昧な輪郭を掴み取ろうとする意味の無さを感じている。



「え、手を出すって、え、え、」
刹那の言葉にライルを確認を取る。刹那はチラ、と床にぷるぷる縮こまっているアレルヤに目配せをして、はっと気付いたようになった。
「……言ってなかったのか……」
しまった、と言った様子で刹那はアレルヤとライルの両方を見る。
「お前、俺らに刹那の関係疑っといて、自分はちゃっかり……!」
「ちゃ、ちゃっかりとかじゃないって!」
事実あれは過ちだったが、望んでそういう関係を得た訳でも無かったし、一時的とはいえ彼とは一応の恋人、にはなっていた。
ただしアレルヤは彼をライルだと思って、かつ、ニールを忘れようとして彼を利用したという事を踏まえれば、ちゃっかりと言われても仕方が無いのだが。
「そ……そもそも二人が変な遊びをしてるのが悪い!!」
「変な言い方ナシ!」
「だってそうでしょ!?ぼくや刹那を巻き込んで、挙句ポイって!!酷すぎる!!!!」
「いや俺はそこには関係……」
無いとは言い切れないのか、ライルはぐっと息を飲んだ。
「……わからん。ごめんおれには無理だ。」
二人に背を向けて、ライルは倒れた椅子を立て腰掛けた。
頭を抱えて研究資料に突っ伏す。



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