中篇 | ナノ

五章一節 【エゴイズム・コンプレックス】


揺り籠だと思った。
リノリウムにベッドマットが敷かれただけのただのシーツの中なのに、
何故だかこれは「揺り籠」なのだと思った。
隣で眠る人物は母でも愛しい弟や妹でも、ましてや彼女でもない。
恋人ではある。ただし、片思い要素が大目の。
この恋人は賢いはずなのに、どこか感情が抜け落ちている。
なにが、どう、とかをあまり考えない性分らしい。
だからきっとそれが自分にも感染ってしまったのだろう。
これが本当に「好き」という感情なのか確信がもてなかった。

「……………眠れないの?」

浅い眠りに身体を預けていた筈の彼が目覚めて、枕を掴む俺の頭を撫でた。
その瞳と視線が交わらないのが、心苦しい。
視界の半分が、お互い黒く塗りつぶされていた。

「一瞬起きてただけ。寝てていいぜ?」

誤魔化すようにその胸に顔を埋めた。
心臓の音が聞こえる。
生きているから。
その音がこれ程までに安心するなんて、自分は何に怯えているのだろう。

「大丈夫?……いたい?」

子供のようにそれが尋ねてくる。
優しく髪を梳かれて、瞳を細めた。
痛みは、無い。
大丈夫では無い。

「キスしていい?」

子供のように甘える。
優しく傷口を甚振って欲しい。
痛いだけの傷を塗り替えて欲しいなんて、そんな事は言えない。

(これは自分のエゴだから)

自分で決めたエゴだから、この痛みから逃れる術は無かった。
だから優しく母のように口付けて欲しい。
聖母のようにそこに許しの福音を落として欲しい。
でもそれが出来ないのが解っているから

「駄目って言ったら?」
「それでもする」
「だろうと思った!」

どくりと心臓が弾む。
その音にこれまで怯えているだなんて、自分はどれ程弱虫なのだろう。



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