中篇 | ナノ

1:なつかしい、うた


※拍手お礼、セグメント1
年代不明の話。話ごとに時系列バラバラで続くかもしれない。(現時点で未定)
ニールが記憶喪失で軽く左半身麻痺で車椅子生活って事だけ頭に入れておけば大丈夫かもしれない話です。
全体的にニールを幼く描写してるので、イケイケバリバリ攻め攻め!なニールが好きな人にはあんまりよくない感じです。






神にでもなろうとしているのか、と我が半身が問う



 あれから、一ヵ月が経った。青々とした快晴の空は何処か遠くへと逃げ、ごろごろじめじめした雨雲が通り過ぎるのをただ待つ、そんな季節がやって来た。小さな街の隅に構えた我が家は、雨が降る度ばしゃばしゃとガラスを揺らす。雷は、何キロか先に轟いて、少しずつ近づいて来る。

「『My home、My Family、The old home、♪」

 いつものように車椅子に腰掛けた彼が、窓際で馴染まぬ低い声で幼く歌う。ただ舌ったらずなのか、歌詞の記憶が曖昧なのか、僕には解らなかったが、とても楽しそうに歌っている彼の後姿を静かに見詰めた。その歌声は僕の記憶にあるものと声は同じだが、歌い方やニュアンスが違った。記憶と現実が交差して、彼がまだ記憶を取り戻せていないことを痛感した。

「No, over there……』」
「今日はえらくご機嫌だね」

 歌い終えたのを確認して、話し掛ける。僕が後ろに居たのに気付いていなかったのか、ばっと振り返って顔を赤くして、恥ずかしそうに怒る。

「わ、聞いてたんなら言ってよ」
「ふふ、君が楽しそうだったから」

 窓際で歌う彼はとても美しかった。しとどに濡れるガラスから見えるのは、ただただ滲む外界。梅雨の季節というのは、初めて経験する。湿気を帯びてガラスは結露して、黴ていく。まるでこの家と同じだ。

「どう?自分の声には慣れた」
「……わかんない」

 記憶を無くした彼には、自分の声が解らなかった。顔も体も、「自分」というものがまったく解らなくて、「ニール・ディランディ」という名前と、生態認証データ。それだけが、彼の総てだった。僕の発言に、眉を寄せてふてくされた表情をして彼は言った。

「だって、覚えて無いんだぞ。名前も、家族も全部、全部」
「……そうだね。じゃあまず学校の勉強でもしてみたら?」
「う、それは嫌だ」

 幼い彼の反応にくすっと笑うと、彼は「笑うなー!」と怒る。今までとはまったく違う彼に、僕は少し幸せを感じていた。まるで子供の頃の彼といるようだった。

「さて、今日の夕飯は何がいい?」
「シチュー食べたい!」

 室内に洗濯物を吊して、エアコンをつける。彼に今日の夕食のメニューを訊ねると、いつも通りリクエストしてくれた。これは昔から変わらない。シチューなら、じゃがいもと人参を買って来なくては。そろそろ暑くなる季節だから、鶏肉じゃなくて豚肉をいれよう。雨はまだ降り続いているので車椅子の彼は出掛けられない。車椅子が壊れても困るしで一人傘を持って財布と携帯、買い物バックを持つ。

「解ったよ。じゃあ行って来ます」
「あれ?俺は?」
「え?一緒に出掛ける気だったの?」
 ぽかんとした顔で、玄関先まで着いて来た彼が言って、同じく僕もぽかんとする。

「……もしかしなくても、着いて来る気マンマンだった?」
「もちろん!当たり前!一緒にいこーよー」

 右手で肘掛けを地団駄を踏んでいやいやと首を振る。はぁっと息を吐くと僕が折れたのかと思ったのか、キラキラと眼を輝かせてこちらを見詰めた。
「ロックオン……僕にこの雨の中車レンタルしてこいって?どうせ車から店まで歩くんなら二度手間じゃないか」
「あ、ううー……いってらっしゃい……」

 苦い顔をして彼は僕を見送る。少し可哀相な事をしたと思うが、こう雨では仕方が無い。でもいつもレンタルも面倒だし、車でも買おうか、と頭の中で少し考えた。

「あ、ちょっと待ってアレルヤ」
「、なぁに?」

 玄関を出て傘を広げたところで引き止められて振り返ると、ちょいちょい、と彼は手招きをしていた。屈め、という事だろうか。彼の前まで戻って膝を突いて目線を合わせると、両手で頭を掴まれる。彼の傷付いた顔が、目の前に来ていた。

「えへへ、いってらっしゃいのチュー」

 してやった、という顔で彼が顔を離すと、車椅子が後退する。お土産よろしく、と彼はさっさとリビングへと戻っていった。

「……それ、は普通、頬にするものじゃないのかな……」

 いつだったか彼に言われた言葉を自分が吐いて居る事に気付いて、赤く染まった顔を隠すように傘で隠した。




09/08/26 UP


再オープン。
何故「ロックオン」呼びの作品なのか、理由があったはずなんですがとんと思い出せない。
6年前ですってよ

prev / next
[ back ]

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -