Ailes Grises | ナノ

元エンディング


「償いだから、帰って来ないんだって」
「そう、ですか……」

ホームに帰って、真っ先にロックオンはアレルヤに報告をした。
見送ってくれたのはアレルヤだったから、一番に会いたかったのもあるのだが、それが筋だろうと、珍しく子供たちよりも先にアレルヤの元へと現れた。
ほっと息を吐いたのは、刹那が帰らないという事実への安堵だった。
ギシギシと揺らぐのはベッドではなく、彼の足音のせいだった。
目の前に立ちはだかり、そして言葉を投げかける。

「……安心した?」
見透かされていると気付いて、隠すつもりは到底無い。
そのまま俯き気味の首を擡げて見上げた。
少し首が痛い。立ち上がった方がいいと考える前に体が動いてその手を取る。
「みんな心配してたんですからね。早く行きましょう」
「お前さんは?どうなの」
「……ッ」

くん、と手で止められて部屋を出ることは叶わなかった。
苦虫を噛み潰す。舌打ちしたような音が出て振り返るのが嫌になる。
あと少しで扉なのに。話をするつもりが無かった訳では無かった。だから言われるがまま彼の自室で待っていたし、帰りを切望していた。

「……正直、帰って来ないかと思いました」
「俺が?」
諦めて、そのまま振り返らずに喋った。
「なんで?」
「なんで、って……そういう流れじゃないですか、あからさまに。駆け落ちでもするパターン」
「……お前、最近ヘンな本でも読んだのか?」

たとえそういう物語だったしても、到底本人にとってはそうは思えない。ある意味で告白に近い行為――真の意味では、告白であるのだが――かもしれないけれど、男女であったとしても、これは違う。

「……でも、懺悔ってこういうのかなあ、って……お前のこと、思ってたよ」
「あれは……懺悔、なのかなあ……」

何かを祈る夢は、懺悔の夢へと変質した。
夢の変質は、名付けの……本質の変化になる。
彼が彼たり得る理由は、目の前の男だけだ。
そして彼もまた、自らの夢の真意を知らない。
繋いだ手を引き寄せられ、二人は心を添わせる。

「……なんで此処で待ってろって言ったと思う?」
「え……?」
「アレルヤ、おいで」

部屋を出ようとしたアレルヤに反して、ロックオンは奥に連れて行く。
部屋の奥にあるものといえば、小さなクローゼットとその横に置かれたテーブル。そして、隣へと繋がる扉だけだった。
ギイ、とひとつ音を立てて扉が開かれる。

以前誤ってこの部屋へ訪れた時と変わらず暗いままだった。
入り口横に電球のスイッチがあったが、二人とも押さなかった。
ロックオンは照明から垂れる紐を引いた。軽く明滅を繰り返して光が安定する。
そこでアレルヤは初めて、その部屋の全容を視た。

ロックオンはそのまま窓の硝子戸を引いて、雨戸を上げる。もうずっと閉め切っていたからだろう、木のこすれ合う音が激しく鳴って、最後は力任せになっていた。最後にひときわ大きな音を立ててたった一つの窓が開けられる。天気は、とても良かった。冷たい風が一気に吹き込んだのは、この部屋の空気が沈んでいたから。陽射しを取り込んだ部屋は、一気に様変わりする。

――緑。

一瞬、明滅する電光のもとでは森のように視えた。
森の中に、さらにひときわ明るい緑。
宝石のようなキラキラするものが一つ――周りに、様々な色があったが、それが一番に目につくのは、それが瞳のような形をしていてそして何か獣の形を取っていたから。
あの時みた瞳の正体だった。
それを中心に深い緑の森は青へと移り変わり、赤や黄色、白、などといった光の粒が緑青へと変わる。そして最後は黒だった。

「貴方だったの……?」

あの絵本を描いたのは。
アレルヤはこのような絵を見たのは、今日が初めてでは無かった。
図書館で見た古い絵本。せかいのはじまり。

「え?」

その呟きにロックオンは窓辺から振り返る。
首をかしげて、アレルヤの言葉の意味を解さないのか、そのままアレルヤの隣へと立ち並ぶ。

「あの絵本を描いたのは、貴方だったんですか?」
「絵本?なんだ、それ」

アレルヤは図書館での出来事を話す。

「既視感、かな……」

インスピレーションは、画材部屋のあの黒い絵であった。
この絵のように星々は散っていなかったが、あの一筋の光の背景には細やかな星々が濃紺の夜空に描かれているのを覚えている。
そもそもは、夢の具現化だった。その手段としての行為だった。
描こうとしたきっかけもそれであったし、独創性は無いが自らが産み出したものが、これだ。
しかし描いて行くうちに、それは生まれる前の記憶を辿るようなものになった。

「ぼくも、見た気がする」

夜空の上から、星を見下げるような。
雲の上の上の、星々より高い所からまるで天上人のようにそれを眺めていた。

「……お前の夢は、夜空だったの?」

ロックオンの問いに、アレルヤは苦笑いで返した。

「あのさ……倉庫部屋の方、改修しようと思ってるんだけど」
「そろそろアレルヤの部屋も必要だろ。俺もそっちに引っ越すつもり」
「え、ええ!?」
「ここ、もう閉めるつもり」
「なっ……どうしてですか、この絵、まだ……」

未完成でしょう、とアレルヤが紡ぐ言葉をニールは塞ぐ。

「お前が誕まれる前から、調べてたんだ。繭が発芽する部屋……どうやらこの棟には一切無いみたいなんだ」
「……多分、人が住めないからだと思う」
今の居住棟以外で人が住めるのは、アレルヤが誕まれた倉庫部屋のある棟……あの壁絵のある棟だけだった。
「今は二人でもさ、そのうちチビたちも大きくなるだろうし……人が住める部屋は増やしておいた方がいいかなって」
「あの部屋はどうするんですか?」
「もちろんそのままにする。俺のこの部屋も、このままだ。誰の権利でもそれを変えることは出来ないし、俺の部屋も、いつかの灰羽たちに見付けられるなら、未完成の方がいいだろう?」

妙に納得した顔でニールはアレルヤに語った。

「うん……だから、……凄く言いにくいんだけど。」
そしてこほんと声を整える。
「おれも、おまえのこと、好きだよ」
こんなタイミングで先日の告白の返事をロックオンがするものだから、アレルヤは驚愕で何も言葉を返せなくなった。
「……なんだよ、もっと嬉しそうな顔しろよ」
切れ長の瞳を多少見開いてはいるものの、あまりアレルヤの表情からは驚きが伝わらなかった。
それにロックオンは少しだけ拗ねて、不貞腐れたようにものを言う。
「びっくりして……」
驚いた顔すら出来ない、と。
「いま……なんて……?」
我にもなく聞き返してしまう。
何の脈絡も無さすぎて、一瞬聞き間違いでは無かったかとアレルヤは自らの耳を疑った。
「好きなんだよ、お前が」
「ほんとに……?」
「何度言わせるつもりだ?……何回でも、言ってやるけど。好きだ。愛してる。」
「う、うそ……」
「何で信じないんだよ」
「だって、男同士だよ?ぼくは子供なんて産めないし、背だってロックオンより大きいし、力だって」
「じゃあ、お前が俺の事を好きだって言ったのは、何だって言うんだよ」
「そ、れは……」
アレルヤは言葉に出来なかった。冬至祭の時には吐露のように、どれだけでも好きだと愛してると言えた。
だけど今は……何の言葉も出ない。ただ愛しさだけが変わらずそこに在る。
「灰羽にとって見付けてくれた人が何よりも大切だと思ってしまう、っての、気にしてるの?」
図星だった。
それを知っていた上での、吐き棄てるような告白だった。愛してもらえないと喚く子供のような、告白だった。
「言っただろ。お前は、俺の初めての繭なんだ。お前は俺が必要で、俺にはお前が必要なんだ」
ずっと一人きりだったから、他の誰よりも、真っ直ぐに自分を見てくれる人が欲しかった。
「……誕まれて来てのが、お前で良かった」
「ゆ、ゆめみたいだ」






20141005


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