Ailes Grises | ナノ

11:冬至祭


いよいよ冬至祭、前日となった。
街じゅうの軒先に木鈴が飾られていた。
暖炉には火を絶やさぬよう薪木が焼べられ、訪れる者を迎え入れる用意がされる。
祭司によって祝詞が挙げられた後、街は明日から二日間に及ぶ祭りに入る。
この間のフェルトとの会話が、少し糸を引いていた。
気分的に引きずってはいたが、体調の方は全快という程ではないものの体を動かす仕事は苦痛では無いくらいを維持している状態だ。
働くことで気が紛れていたのかもしれないし、与えらた薬がよく効いているからなのかもしれない。
薬の量は、彼程では無い。
朝晩の二回だけ、白湯とともに溜飲する。
良薬は口に苦しというが、蜂蜜と共に飲んでいるおかげでそこまで苦味は感じない。
飴のような甘みと、喉を通り過ぎるとろみ。
自分が病人であることを忘れそうでもあった。
冬の朝。息が白いのは嫌いじゃない。
流石に冬至祭を控えて、仕事の方はめっきり減った。
そもそも最近の灰翅たちは、大人が少ないのだという。
比率でいえば過去最少に近いとのことだ。
子供達の増減は振れ幅があるが、大人の灰翅たちは一度巣立ってしまうとそのまま増えない事もあるという。
今は年少組の三分の一が廃工場に住まうが、総員すると圧倒的に大人が少ない事に気付いた。
……今日から年越しまで、彼らもここで暮らす。
年末だけは彼らも古巣に帰って来る。
だが、古巣も何も彼らの住まいもこのホームも古ぼけた建物であることには変わりなかった。


*****


チリンチリンと金属の音がする。
軒先に飾られた木鈴とは違って形はまあるく、綺麗に磨かれたそれは二つずつ対になって紐で結ばれたものが子供達に配られていた。
色取り取りの紐で結ばれているせいか、子供達はそれをどの色がいいだの言って奪い合いになってしまった。
今日は特に賑やかだ。朝食を食べ終わったあと、ティエリアが廃工場の子供達を連れてやってきた。

「……今年も刹那は居残りか」

呆れたようにロックオンは言葉を吐く。
その言葉をティエリアは聞き逃さず、じろり、という視線が向けられた。

「貴方が土下座でもして迎えに行けばいいんじゃあないんですか」

もの凄い爆弾発言だ。びっくりしたのはアレルヤで、威圧的なティエリアの言葉にロックオンは既に慣れ切っているのか、だよなあ、と少し肩を落とすだけだった。

「ど、土下座って……」

先日アレルヤが聞いたティエリアの言葉とは余りにもかけ離れすぎていた。
廃工場に迎え入れてくれた夜は優しくて、どちらかといえばロックオンのように、刹那や子供達の世話を甲斐甲斐しく焼いていた印象だった。実際二人が同じ場所にいると、ティエリアにもまだ幼さの影が残るのに気付く。

「アレルヤだって、そうでもされないと帰らないだろう?」
「え、いや、ぼく……何があったか知らないし」
「……へ」
「あ……それは……」

間の抜けた声を出してティエリアがアレルヤを見たあと、じろりと視線をロックオンの方へと変える。
断片的にしか、アレルヤは何があったかは知らない。
マリナという女性が巣立って、その事でロックオンと刹那が喧嘩をしたこと。
マリナの代わりにロックオンがホームを切り盛りしているということ。
何故かマリナには墓が建てられ、ロックオンは未だ彼女を想ってここに残っていること。
……既にロックオンは、刹那を許しているということ。
断片的ではあるが、そのピースの間を想像する事は容易だった。
今更聞くことなど何もなく、あるとすれば、彼が何を想い、考えているかということだった。
そんな事神様にでもならなければ解らないし、解ろうとするには信頼が自分には足りていない。

「あのな、刹那はあの絵が気にくわないんだよ」

それは……と少し言葉を濁らせたロックオンであったが、ティエリアに睨まれて肩を落とし、語った。
明らかに困った様子であったが、ふぅ、とひとつため息を付いたあと、一息でそう言った。
気にくわない?
アレルヤは首を傾げた。とても綺麗な絵だった。
白いショールを羽織った彼女の絵は神秘的で、柔らかな陽光が射し込む様子がまるで聖母かのように見えた。
彼がマリナをどれだけ愛していたか邪推してしまう程に、あまりにも美しく描かれていた。
しかしながらアレルヤは実際のマリナの顔を知らないので、どうなのかは分からないのだが。
マリナの青い瞳は少し、ロックオンに似ているような気がする。

「『マリナはもっと綺麗だ!!』って」
「……あんなに綺麗な絵なのに!?」
「俺が人物画あんまり描かないは認めるけどさ、あれ結構力作だと思ってたんだぜ!?ってかちょっと綺麗に描き過ぎたくらい!!!!」

ティエリアの補足にアレルヤは驚愕した。
その後のロックオンの言葉に、やっぱり美化して描いていたのかと思ったのだが。

「マリナがソランの繭見付けたときの刹那……ちょっと怖かったよなあ……」
「そういえばソランはマリナさんが見付けたんだよね。」

絵の事で少し叫んだあと、ロックオンはそのままさらに昔のことを回想した。
ソランはアレルヤのすぐ上の先輩になる。
もし灰羽に年齢があるとするなら、きっとアレルヤは成人しているだろうし、ソランはまだ母に抱かれている年頃だろう。

「マリナが見付けたのはソランと刹那の二人でな」

青いリボンの鈴を勝ち取ったソランが見せにやって来ると、ロックオンは彼の頭を撫でて抱き上げた。
ロックオンに抱かれているソランがとても小さく見える。

「見付けてくれた人って、なんだか大切に感じるみたいなんだ」

刹那にとってマリナは、ほんとうに母のようだった。
いつも薄いショールを羽織り、丘の上で皆を迎えてくれる。
マメだらけになった手を優しく握ってくれた。油まみれなのに、抱きしめておかえりなさいと言ってくれた。
ソランを抱き上げる手をロックオンは確かめるように眺める。
まだ数年しか経っていないのにもう、手のひらは柔い。
そんな郷愁のような想いをロックオンが感じている隣で、アレルヤは静かにその言葉に耳を傾ける。
彼を大切だと思うのは、ロックオンが自らを見付けてくれたからだろうか。
繭の中にいる自分に、ロックオンは何を語ってくれたのだろう。


*****


灰色の羽が舞うのは、冬の祭り。
かつて空を飛んだ証。
灰羽は神の御遣いだというが、信仰の対象という訳ではない。
冬の祭りの二日間、灰羽は言葉を口にしてはいけない。
昔は与えられた二つの鈴を使って、決められた鳴らし方をして会話をしたという。
しかし今は筆談が可能になり、昔ほどやっかいな決まりでは無くなった。
今の灰羽達に伝えられているのは、限られた仕草だけだ。
街の広場には大きな松明が作られ、明日にはそこに人々が集まる。
沿道には屋台も出るという。
振るとカラカラと音がする木の実を扱う露店が一見して多く見えた。
しれらは食用とは別に殻が厚くなるように実らせたもので、、硬い音がするものが良いらしい。
土に染料を混ぜると実に色がつく性質を利用して毎年生産される。
染められた鈴の実は一年の区切りとなる冬至祭の、沈黙の時間の中で身近な人に思いを伝えるために使われるものだ。
色によって感謝や別れなどの意味を表し、毎年祭の季節になると街には鈴の実を売る市も出来るほどだ。
女の子たちはそれを目当てに集まり、フェルトやクリスもまた、例外では無かった。
可愛らしくリボンで結ばれた赤い実、金の鈴が付けられた緑の実、箱に収められた茶色い実、色々なデコレーション方法を追加された実は女の子仕様になっている。
これは灰翅も関係なく貰えるシステムなのか、二人はいくつかの木の実を手にして広場に戻って来た。
その中でフェルトは、簡素な黄色い実を抱いていた。
誰にも知られないように、ひっそりと。
その黄色い実の意味は――

20141002

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