Ailes Grises | ナノ

9:刹那・廃工場の灰羽たち




夕闇は街の影を濃く、そして暗く染める。
冬至祭を控えた休日の今日、バースメラギは盛況を極めた。
なんでも祭りが行われる二日間は家族と共に、ゆっくり時間を過ごすのだという。
祭りが終わってしまえば年明けもすぐだ。
つい先日、わざわざで祭りの日用のケーキやお菓子をクリスに作って欲しいと、注文する人も現れた。
そんなクリスはとっておきのものを届けるべく、店に残って最後の仕上げに取り掛かっていた。
最初はアレルヤも手伝うと申し出たが、繊細なお菓子作りはまた次の機会ね、と断られてしまった。
断られたのだが、今日はいつもより遅く仕事が終った。普段は大通りを通って帰路に着く。あんまりにも遅くなった為に、アレルヤは以前ソランと通った直線ルートを使って早道しようとしたのだ。
……もし迷子になるのがわかっていたなら、一人でももっと街中を散策しておくべきだった、と少し後悔した。
アレルヤは薄暗い街中に怯えながら、不慣れな道を早足に近道だと思う方へと進んで行く。
早く帰りたいという急く気持ちと、薄闇に包まれた普段と違う道のりと風景に、アレルヤは愕然とする。
街の外へ出たと思ったが、大きな建物に道を阻まれてしまった。来た道を戻るには気後れする。
迂回する道を行くか、この大きな建物を突っ切るか。

「……無理!むりムリ!ぜったい無理!!!」

我にもなく大きな独り言を叫んだ。
無理だ、こんなおどろおどろしい建物の敷地に入るなんて、絶対無理だ!
怪しい建物は、夜も耽る時間なのに灯りひとつ点っていない。
人の気配がしないという事は入ってもそうそう怒られなどしないだろうが、違う。

「廃工場に何か用でも?」

建物の入口にある錆び付いた柵の前で足踏みしていると、背後の闇の向こうから子供の声が聞こえてアレルヤの体がびくりと跳ね上がる。背筋がひんやりするのは冬だからという理由では無い。
恐る恐る振り向けば、年若い……というか、まだ幼さのある少年が灯りを携えて一人、そして二人と姿を現し始める。
距離が近付くと、先導していた少年の後ろにさらに幼い幾人かの子供達の姿が見えた。

「こいつ……アレルヤじゃないのか?」

少年の後ろに立っていた、少女か少年か見まごう程の子供が声に出した。
どうしてこの子供たちが、自分の名前を知っているのだろう。引き返すかどうか足踏みしていたアレルヤの不審そうな視線が子供達に向けられる。

「ほら今日ロックオンが言っていた」
「俺はいない」
「ああまったく刹那、君はいつになったら家出をやめるんだ……」
「ついて来てるお前に言われたくはない」

会話の中で、刹那、という名前が上がった。
ドクリとアレルヤの心臓が跳ね上がる。
そして同時に息を吹き返して、また絶望した。
刹那と呼ばれた赤いマフラーを巻いた少年は、じっとアレルヤを見上げる。
そう、少年だった。まだあどけなさもある少年。
背は小さく、肩は華奢で、瞳は大きく猫のようで。
絶望は安心したのと同時だった。

「君が、せつな……?」
「……中に入るといい」

明らかに狼狽を表すアレルヤの様子とは裏腹に、刹那は錆びた鉄格子の柵を押して建物の中に誘った。
ぞろぞろと刹那とアレルヤを置いて、他のメンバーは中に入って行く。ここはどうやら彼らの寝ぐらのようだった。
こんな小さな子供たちが……とアレルヤは思考を巡らす。
屋根が飛んで行って吹き曝しの廊下を進んで、一応は住処として体裁の整った部屋へと通された。
刹那が持っていたランタンの灯りは暖炉に灯され、その近くにあるソファに座るように勧められる。

「……俺たちの事は何も聞いてないのか」

刹那は首を傾げる。それにアレルヤは無言を返した。
聞いていない、というには少し、微妙なラインだ。
通された部屋の暖炉の周りには二段ベッドが何個か置いてあり、そこに小さな子供達が四人ずつ寝る準備に入っていた。

「廃工場の灰羽」

刹那の後ろから、先程の中性的な少年が現れた。
肩口で切り揃えられた髪の毛と、刹那の赤褐色の瞳より鮮やかな紅玉の瞳が特徴的だ。
幾分か刹那より背が高かったが全体的に痩身で、声を聞くまでは男が女か判断が付かないだろう。
銀縁眼鏡を掛けた彼は、優しい口調で説明を始める。

「今日はホームに里帰りしてたんだ。何人もここに小さいのが寄り付いてしまったから」
「……ティエリア」

ここにいる小さな子供達も灰羽だと、ティエリアと呼ばれた眼鏡の少年がいう。
今日は朝からアレルヤは仕事に出ていたので、ホームでの事は何も知らない。
視線が二人から外されて、まるで不安な心を隠すように瞼を伏せる。

「ロックオンは生きてるのか」

俯くアレルヤを介せず、刹那が問い掛ける。
そのあと、ばこ、と少し鈍い音がした。
ティエリアが近くにあるベッドからまくらを掴んで刹那に投げ付けた音だった。
ぎっしりと中身が詰まったまくらは結構硬い素材のようで、まくらのわりに刹那へのダメージは大きかった。
暫くの沈黙のあと、ティエリアが叫ぶ。
顔を伏せていたアレルヤであったが、ティエリアの怒号に驚いて肩を揺らした。

「そんなに気になるのなら見に行けばいいだろう見に行けば!!!!」
「じょ、冗談だティエリア……」
「ふんっいつまで経っても仲直りしない君たちが悪いんだ!」

艶やかな髪を振り乱して、ティエリアはツンと刹那からそっぽ向く。腕を組んで仁王立ちで、一瞬の事であったが相当ご立腹のようだ。
綺麗な形をした眉毛がぎゅっと寄せられて、綺麗な顔なのに勿体無い、とアレルヤは思う。

「こんな所に住む事になったのは刹那のせいだ。刹那がロックオンと喧嘩するから」
「喧嘩?」

恨みがましいように、アレルヤにティエリアが訴える。刹那への当て付けの言葉は、アレルヤにとって聞かされていない灰羽の事情らしい。
刹那とロックオンの関係は、アレルヤは何も知らない。
今日姿を見るまで、性別すら分からなかった。
まさかあどけない少年だとは思いもしなかった。
刹那がマリナの絵を彼に頼んだのは、耳にした。
だけどその理由は、依然分からないまま。
そして彼と不仲になった理由は、きっと自分には関係が無いと言って、理解させてもらえないのだろう。

「刹那が一方的に腹を立ててるだけだ。ロックオンはもう許してるというのに」
「その態度が気に食わない」
「だ!か!ら!元々の原因は君だろう!?」
「些細な事だろう……」
「そんな些細な事で家出していまだ帰って来ないくせに」

ぽかん、とアレルヤは二人の掛け合いに置いてきぼりにされてしまった。
先程まで唐突に、不安だった。彼の好意を一身に享受する人々が、羨ましく思えた。
胸の奥からせり上がる不快感に、また心を灼かれるのかと感じた矢先に、目の前の少年たちの言葉に優しい気持ちに瞬間戻る。
ああ、理解できないのに、手が届かないものたちだというのに、

「っく、ふふ、あはははっ」

始まりは、些細な出来事だった。
この瞳を見付けられた時、心の奥の、深い深い、暗闇の中に一筋の光が見えた。
その光の名前をアレルヤはまだ知らない。

「「えっ」」
「いま笑うとこだったか?!」
「わからない……俺にはわからないんだ……」
「っご、ごめ、ごめんなさい……ははっ」

吹き出すように笑ってしまったことをアレルヤが二人に謝罪する。
何かに気付けたような、何処かふっきれたような、アレルヤは目尻に涙を溜めて、すぅ、と息を吸い込む。

「些細なこと……なんだ」
「そうなんだ!些細なすれ違いなのに、こいつは……!」
「あはは、そうだよね。……ほんとにそうだ」

自分はそもそも、すれ違う以前の話なのだろうけれど、これから先彼が思う方向へと、自分は一緒に進めないのだろう、とアレルヤは少し悟る。
しかし彼が大切だという気持ちだけは、目の前にいる二人と変わらないという事だけはいま解ることが出来た。
なんだ、何も悪い事では無いじゃないか。
彼が、誰を思っていようとも。
彼の心の片隅に、刹那とティエリアがいるように。
クリスやフェルト、ホームのみんな、町の人々。
彼の目には、ちゃんと見えている。
その中に、きっと自分もいる。そう願いたい。

「ごめん、帰らなきゃ。また……話せる……?」

ソファから立ち上がったアレルヤは、すっと二人へと手を差し伸べる。
突然のアレルヤの言動に何が起こったか分かっていない二人であったが、もちろん、と出されたアレルヤの手を握り返した。

「僕はアレルヤ。よろしくね」
「よろしく、アレルヤ」

アレルヤは自分の中で答えを出した。
それがどうなるか、自分でも分からない。
だだこのひとつの想いの丈を、彼に伝えたい。
真っ直ぐ伝えられるだろうか。
真っ直ぐ、見詰められるだろうか。
真っ暗闇の中で、もう一度見付けてくれるだろうか。



*****



「ただいま……」

廃工場を出てティエリアに教えてもらった道に進むと、考えていた距離よりすんなりとホームに帰れた。
しかしとっぷりと日は暮れに暮れ寒さがより一層身に沁みる。
ホームの入り口に入ってもまだアレルヤの息は白かった。
名札を外出の所から移動させていると、暖かな黄身を帯びた電球が裸のままぶら下がっている玄関先までひょっこりとロックオンは現れる。

「ああ、おかえり、アレルヤ」
「ロックオン」

驚いたのはアレルヤだった。
玄関といってもみんなが集まるリビングキッチンまで距離がある。
まるでそこでアレルヤの帰りを待っていてくれたかのようにロックオンは現れたのだ。

「……どうかしたか?今日はお前の好きなシチューだぞ」

しかし何でも無いようにロックオンは振る舞う。
それが少し、アレルヤには淋しく思えた。
待っていてくれたなら、そう言ってくれればいいのに。
自分の好物で引き寄せようとするなんてずるい。
どうってことない普段通りの会話だというのに、淋しいと感じるのと同時に遣る瀬無い気持ちになった。

「今日……街で、刹那に会いました」
「そっか……。元気にしてたか?あいつなかなか里帰りしないから心配で……あっじゃあ、廃工場の事は聞いた?あそこは刹那がねぐらにしてるんだがな、実は……」

そしてはぐらかすようにロックオンは言葉を連ねるのだ。
嘘を塗り重ねるように、アレルヤに言い聞かせるように、それでも微笑いながら語り掛ける。

「ロックオン、あのね」

アレルヤは気付いたばかりの、彼を想うただひとつの思いのたけを言葉にしようと思った。
もし、これが本当に些細なすれ違いなのなら。
もし、これが馬鹿な自分の勘違いであるのなら。

「ロックオンが最近僕に優しくするのは、僕が病気だから?」

「それともぼくが、あなたと、おなじだから?」

どちらも同じ意味だ。
だが敢えてアレルヤは言葉を伏せる。
勘違いなら、それでいい。
病で気が狂っていたなら、それでいい。
その前から好きだなんて、言わない。

「それ、は……」

ロックオンは、答えられなかった。
どういう答えが帰って来るかアレルヤには予想がつかない。

「ぼくだから、っていってもらえると、うれしいんです」

勘違いだとしても、今、

「……ふふ、なーんて!今日シチューなんですか?やったぁ僕もうお腹ぺこぺこなんです」

そうして一日が終わった。
曖昧な気持ちは、さして相手に伝わる事も無い。
それで良かった。わかってもらうつもりも無かった。
ただ、ほんのすこし。
言葉にしてみたかっただけだった。

冬の祭が、始まる。


13.12.16〜14.04.16

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