03




 ドンッと押し返す力は意外にも強くて少し驚いた。そんなに俺とキスするんは嫌なんか。

「先輩、俺のこと嫌いなんスか?」

 俺の質問に先輩は俯きながら小さく首を横に振る。

「じゃあ別にええやないですか」

 何で俺、こんな必死になってるんやろ。そもそも俺、先輩のこと好きやったんか?
 先輩をあの場所から遠ざけたくてここまで連れてきたけど、告白するつもりなんてなかった。好きかも分かれへんのに。
 なのに口から出る言葉は止められへん。何でや。

「もう白石部長は諦めて、俺にしといたらええやん。俺ならアンタを慰めてあげられるで」

 そう言った瞬間、バチン! と乾いた音が響いて顔に衝撃が走った。
 ……女のビンタって結構痛いんやな。なんてぼんやり考えながら横目で先輩を見て驚いた。

 ……やば。めっちゃそそる。
 それや。アンタのその顔。目に涙溜めてキラキラしとるし。頬は興奮してか少し赤いし。怒りか興奮かで震える唇もやばい。
 あかん、めっちゃ可愛い。さっき廊下で見たのとはまた別もんやな。

「手に入らへんモンを遠くから眺めて我慢してるより、そうやって感情剥き出しの方がええ顔してますよ」

 そうや。俺は先輩のこういうところに興味が湧いたんや。

 好きな人と話せた時はアホか思うくらい幸せそうな顔。好きな人が恋人とイチャついてるとこ見たら死にそうなほど悲しそうな顔。俺が挑発したら手が出る程怒りに満ちた顔。
 今までは幸せそうな顔しか知らんかった。アホみたいにゆるゆるな顔。だから気になったんや。
 この人は他にどんな表情をするんやろう、て。なんや。とっくに俺は、先輩のことが好きやったんや。

「先輩のこんな顔知ってんの、俺だけっスよ」

 白石部長も知らへん。俺だけ。そう思うと自然と顔が緩んでくる。あかん、これじゃ女にビンタされてニヤニヤしてるヤバい奴や。 案の定、俺の言葉の意味が分かってへん先輩は困惑してる。
 ああ、その困った顔もええな。

「さっき言ったことは謝ります。でも、本心っスから……彼女がいる部長より、俺を見てください」

 ニヤける口元を引き締めて先輩に向き合うと、不安に揺れる瞳が見えた。

「別に今は俺のこと好きじゃなくてもええ。絶対、振り向かせますんで」

 先輩の頬に手を添えると先輩の体がピクリと反応する。

「お願いします」

 言うと同時に先輩を抱きしめた。先輩、小さ。柔らかいし。ああもう可愛ええ。緊張で体めっちゃ固なっとるし。

「可愛え……」

 やば、思わず口から出てもうた。恥ず。

「で、どうなんスか。返事は」

 で、てなんやねん。全然誤魔化せてへんわ。自分のアホさ加減に顔が熱くなってきた時、腕の中の先輩の頭が動いた。

 急いで体を離して先輩の顔を見る。ああもう。なんか腹たってきたわ。なんやねんその顔。

「先輩、顔むっちゃ赤いっスよ」

 真っ赤な顔をして口を尖らせる先輩。

「先輩、ちゃんと聞かせてください」
「絶対振り向かせるんで、俺と付き合ってください」

****

 あれから随分時間が経った。

 あの日俺は、結局先輩に振られた。中途半端な気持ちのままは失礼やって。俺はかなり食い下がったけど、先輩も頑固で絶対に首を縦には振ってくれへんかった。
 それでも諦めることは出来ず、しょっちゅう先輩の周りをうろちょろしてアピールする日々。最初は困ってた先輩も今ではすっかり慣れてよく話してくれるようになったし、かなりええ感じ。

 で、今日は先輩が行きたいと言っていたカフェに一緒に行く約束をしてる。これもう付き合ってるやろ。

 心が浮き足立つのを必死に抑えて先輩を待つ。のはいいが、遅い。もうとっくにHR終わってるはずやのに。三年生がぞろぞろ下校するのを眺めながら先輩を探すが見つからへん。気になって、先輩のクラスまで迎えに行くことにした。


 先輩のクラスに着いて教室を覗こうとした時、中から先輩の声が聞こえた。人を待たせて何してんねん。少し苛立ちながら扉に手をかけた瞬間、白石部長の声が聞こえた。
 何でか分からんけど嫌な予感がする。その時、中から聞こえた言葉。


『うん……好きやねん』
『そうか。なんか嬉しいわ』


 …………は?



 心臓がバクバクいって頭は真っ白。やけど、お腹の辺りから熱い何かが湧き上がってくる。
 勢いのまま手をかけていた扉をガラッと開ける。俺の姿を見て、二人は驚いた顔をした。そして先輩は遅くなってごめん、と俺に近付いてくる。

「こっち来んなや」

 空気が止まる感覚がした。

「もうええっスわ。アンタのことは諦めます。部長と仲良うやってください」

 それだけを言い残して俺はその場を去った。結局、俺1人舞い上がってただけやったんや。かっこわる。
 元々、俺のこと好きじゃなくてもええと言ったんは自分やしな。

 ……俺が振り向かせられへんかっただけや。

 色んな感情が俺の中をグルグルして気持ち悪い。はよ帰りたい。で、今日のことは全部忘れる。忘れて、明日から先輩に関わるのはもうやめ……っ!
 自分の思考に精一杯の中、急に腕を掴まれ振り返ると。

「……先輩、離してください」

 睨むと少し怯む先輩。でも手は離さへん。無理やり振りほどこうとすると話を聞いてとせがむ。これが付き合ってる彼女でただの甘えん坊やったらどれだけいいか。

「今更なんなんスか。部長と両思いなんやろ? 部長が彼女と別れたなんて知らんかったわ。良かったっスね」

 そう言われても先輩は手を離さず、なんならさっきよりも真っ直ぐに俺を見てくる。何がしたいんや。

「もういい加減に……『私が好きなのは財前くんや!』

 この人は何を言うかと思えば。

「……いや、無理ありますって」

 先輩は怒ったような、悲しいような、なんとも言えへん表情。悔しいけど、そんなに表情さえ胸がざわつく。

「そんな慰め聞きたないです。もうやめてくだ」

 急に制服を思いっきり引っ張られて体制を崩す。と同時に先輩の顔が近付いてきて唇に柔らかい感触。

「っ!! 何してんねん!」

 自分がされている行為に気付いて先輩を引き離す。俺の慌てっぷりなんか気にせんと、先輩は先程の言葉を繰り返す。

「そんなん……じゃあさっきのは何やったんスか! 白石部長に好きって言うてたやないですか!!」
「それは俺のことって……白石部長やって嬉しいとか言ってたやんか……両思いってことやろ……」
「は? 俺の恋が実って嬉しい?部長が?なんで……」

 そこで俺は話しながら気付いた。いや、言うわ、あの人なら。
 でっかい弟みたいなもんやからな! とか腹立つほど爽やかな笑顔で言うわ、あの人なら。そこで俺は血の気の引く感覚がした。

 それって、あれやん。

「俺の勘違いってことっスか……」

 死にたい。あまりにも恥ずかしすぎる。顔を覆ってしゃがみ込む俺のそばにしゃがむ先輩。クスクス笑うてるやん。悔しいけど返す言葉もない。

「教室のことが俺の勘違いってことは……さっき先輩が言ったことはホンマですか? 俺の勘違いやないですよね?」

 ここまで来たら恥ずかしいも何もない。全部言ったる。
 先輩は俺の言葉に少し顔を赤くしながらしっかりと頷いた。それを見て今までの緊張や怒り、色んな感情がため息と共に一気に溶けていく。

「先輩、もっかい言って。俺のことどう思ってるん?」
「……俺も先輩のこと、むっちゃ好きです」

 もう我慢できひん。先輩の手を引いて腕の中に収める。この前とは違って、今日はちゃんと先輩も腕を俺の背中に回してくれた。

****

「そう言えば、何で今日待ち合わせ遅れたんスか? そのせいで俺教室まで先輩を迎えに行ってややこしいことなったんスよ」

 いくら手を繋げて嬉しいからと言っても、嫌味くらい言ったらな割に合わへんわ。あんな恥ずかしい思いさせられて。

「え? 白石部長に俺への告白の相談? ……先輩。もう勘弁してください、可愛すぎるんで」


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