消せない気持ち




『日吉くんのことが好きです。付き合ってください』
「気持ちは嬉しいが、今までお前のことをそういう風に見たことがなかった。すまない」

 いつも教室で聞くより優しい声。私に気を使ってくれているのだろう。 こうなることは最初から分かっていた。少しでも私を見て欲しくて告白したけど、実際に経験するのはやっぱり辛いな。

『そっか。聞いてくれてありがとう。変に気を使わないでいいから、明日からもいつも通りクラスメイトとしてよろしくね。それじゃあ、また明日』

 辛さを隠し、日吉くんに罪悪感を持たせないようになるべく明るく振る舞ってその場を離れた。上手くできていたはず。

 その代わり、その日の夜は思い切り泣いた。
 明日からまた、いつも通りでいられるように。



 次の日の朝。
 クラスに入ると、こんな時に限って運悪く日吉くんと鉢合わせ。いつもなら嬉しいイベントだが、この日に限っては自分の不運さを恨んだ。

『日吉くん、おはよう』

 精一杯明るく、笑顔で言えたと思う。口を開きかけた日吉くんの返事を待たず、背中に視線を感じながら私は教室に入り自分の席に座った。
 彼と席が離れてて良かったと、初めてそう思えた。


 それからは特に変わりない日常だった。元々日吉くん自身がペラペラ話すような人でもなかったので、自分で言うのも情けないが、こちらが意識しなければ特に話すようなことも無い。寂しい気持ちもあるにはあるが、今は気を使って話しかけられる方が辛い。なるべく彼を視界に入れないように日々を過ごし、失恋の傷が癒えるのを待った。
 そして、告白してから二週間ほど経った頃の放課後の教室。

――〇〇が好きだ! 俺と付き合ってくれ!

 私はクラスの男子に告白されていた。当たり前だけど、私はまだ日吉くんのことが好き。そう簡単に心変わりなんて出来るわけがない。どう断ろうか考えて黙っていると、入口の扉がガラッと開いた。
 そこに居たのは、まさに今頭に浮かんでいた人で。私と告白相手が驚きで固まっていると、日吉くんはバツの悪そうな顔をしながら、

「邪魔したか? 忘れ物とったらすぐに出ていくから続けてろ」

 と、教室に入ってくる。驚きと焦りで思考停止していると、私に告白してきた男子は

――じ、じゃあ考えといてくれ!

 なんて無責任なことを言い残して走って教室を去っていってしまった。完全に逃げられた。
 取り残された私と日吉くん。あまりにも重い空気に耐えられず、一刻も早くここから立ち去りたい一心で荷物を掴んだ。

「この間俺に告白してきておいて、もう次か?」

 私の背後からそんな言葉が聞こえ振り向くと、いつの間にか私のすぐ後ろに不機嫌そうな日吉くんが立っていた。

「付き合うのか? 随分心変わりが早いんだな。所詮、その程度だった訳だ」

 見下すような表情の彼に、驚いて声が出なかった。というより、言ってる意味が理解できなかった。振ったのはそっちなのに、何故そんなことを言われなければならないのか。色々言いたいことはあるのに上手く言葉にならず、俯くことしかできない。涙を堪えるのに必死だった。
 すると頭上から聞こえる舌打ちの音。

「悪い。今のは言いすぎた」

 顔は上げられないので表情は見えない。
 でも声色はさっきより柔らかくなった気がする。それに少し安心すると、堪えていた涙が溢れだしてきてしまった。

「お、おい……泣くな、悪かったから……」

 声だけでも分かるほど慌てている。いつでもクールなあの日吉くんが。その様子がなんだか面白くて可愛くて、今度は笑いが込み上げてきた。

「……何で笑ってるんだ」

『日吉くんが慌ててるのが面白くて』

 いつの間にか止まった涙をふいて少しだけ顔を上げて彼を見てみると、不服そうな顔をして私を見ていた。

「慌ててない」

 そう言うと少しロを尖らせ、目を逸らしてしまう。そんな彼の姿を見て何故か思った。

 ああ、やっぱり私は日吉くんが好き。
 消そうとしていた恋心で、また私の胸はいっぱいになった。

『私、日吉くんが好き。大好き』

 いっぱいになった気持ちは自然と口から溢れ出ていた。日吉くんは私の言葉に一瞬固まった後、真っ赤になりながらロ元を隠し、目を逸らした。

「なっ……! どんな流れだ、今の! 話の脈略を考えろ!」
『ふふ、急に言いたくなったの』
「……でも、アイツと付き合うんだろ?」
『付き合わないよ』

「告白された時、悩んでたじゃないか。それに最近、前より仲良くしてただろ」

 告白、聞いてたんだ

『どう断ろうか考えてだけだよ。それに、仲の良さは今まで通り普通だと思うけど?』
「……でもお前、あの日から俺のこと避けてただろ」

 あの日。私が告白した日のことだろう。

『避けてはない……けど……』
「いつも通りよろしく、なんて言って嘘じゃないか」
『そりゃあ少しは気まずいし、日吉くんのこと早く忘れようと「忘れるのか?」

 被せてきた言葉は、振った相手が言うものでは絶対ないと思う。
 だけど、彼の真剣な目にそんなこと言えなくなる。

 もしかして

『ヤキモチ?』

 そう言った瞬間、彼の顔色が先程よりもぶわっと真っ赤に染る。

「はっ!? 何で俺がそんな事っ!!」
『ふふ、冗談だって』

 少し期待したけど。

 いや

 本当は、今もしてる。

『ねえ、日吉くん』
「何だ」
『私日吉くんのこと、まだ諦めなくてもいい?』
「……勝手にしろ」
『ありがとう』
「……とりあえず明日からはいつも通りにしろ。分かったな?」
『話しかけて欲しい、てこと?』
「っ! そうとは言ってない! 変に俺を避けるな、と……」
『構って欲しいんだ』
「っ! クソッ! もういい! 帰る!」

 そう言って私の横をすり抜け、教室のドアの前で立ち止まると、こちらに背を向けたまま私に言葉を投げかける。

「何してる。帰るぞ。もう外も暗い。仕方ないから送ってやる。早くしろ」

 願ってもない彼の誘いに急いで駆け寄ると、正面の扉を見つめたままの彼は絶対に目を合わせてくれなくて、横顔しか見えない。その横顔が真っ赤だということは、日吉くんに言ったらきっと怒るんだろう。

『何見てる』
「かわい……かっこいいなーって思って」
『置いていくぞ』


 次の日から、何故かは分からないが、日吉くんがやけに視界に入るようになったことに気付いているのはきっと私だけ。




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