クリスマスが不安な日吉




 俺の数少ない女友達の中で、更に卒業してからも付き合いのある精鋭中の精鋭。今でもたまに連絡を取り合い、酒を交わすこともある。趣味が合う訳でもない、特段話しが合う訳でもない。そんな彼女と何故ここまで縁を切らさないでこれたかなんて、俺が聞きたいくらいだ。
 ただ、あいつといるのは落ち着く。俺は女性からすると怖いらしく、距離を取られることも多い。変にベタベタされるのも好きじゃないから、俺はそれで満足しているが。
 だが、アイツは俺が何を言っても怖気付くことなく返してくれるし、俺の趣味の話しも聞いてくれる。俗には「良い奴」とか「お人好し」と言うだろうな。

 現に俺だって、アイツのことは嫌いじゃあない。


****


『今年最後、行く?』
「いいぜ」
『いつ空いてる?』
「年末は忙しいから、それ以外なら」
『私も仕事あるから……この日ならどう?』
「ああ、大丈夫だ」
『こんな日に予定が合ってしまうなんて……悲しいよ、私は』
「くだらないな」
『日吉は興味ないかもしれないけど、私にとっては重要なの!』
「分かったから。愚痴は当日聞いてやるよ」
『任せといて!』
「何をだ」

 相変わらずだ。昔と何ら変わらない。安心感とでもいうのだろうか。フ、と口元が緩むのを感じつつ、スマホのメッセージ画面を眺め彼女との約束の日について改めて考える。
 24日。クリスマスイブ。まあ、恋人と過ごす奴が多いんだろうな。こんな日に予定が合ってしまうなんて、〇〇じゃないが皮肉なものだ。俺はそんなもの気にしないが、アイツはどうやら気になるらしい。まあ、当日周りはカップルだらけだろうから無理もないか。

 ということは、俺たちも周りから見たら……いや、やめよう。熱くなる思考と顔をリセットするためにわざとらしい咳払い。
 で、クリスマスイブか……今年最後だと言っていたし、プレゼントの一つでも持っていくべきか。いや、別に付き合ってる訳でもないのにおかしいだろ。そうだ、俺が渡す義理もない。何馬鹿なこと考えてるんだ。


 そう。だから、今俺がイルミネーションがキラキラ光る街中を歩いているのも偶然だ。銀行に用事があったんだ。記帳のな。最近やってなかったからな。そのついでにこの煌びやかな街を少し見て回ってるだけであって、他にはなんの他意もない。……ぐっ。女物の装飾品は何でこんなに種類があるんだ。これじゃ見分けがつかん。

――お客様、何かお探しでしょうか?
「っ、いや、あの……見てただけで、」
――これは今年新作になっておりまして、大変人気なんですよ。彼女様へのプレゼントですか?
「ち、違います! そんなんじゃ……」
――ご友人様ですか?
「ま、まあ……」
――でしたらもう少しカジュアルな物もありますので、よろしければ。

 どうぞ、と言わんばかりに彼女の掌が店内入口へと向いている。満面の笑みで。くそっ……なんなんだ、この店員は。

「……じゃあ、少しだけ」

 いつもならこんなセールストークを跳ね返すのなんて造作もないが、心の僅かな隙を突かれたせいか、少し動揺してしまった。この店員、なかなかやるな。この人の実力を認めて、見るだけ見てやろうじゃないか。「いらっしゃいませ」と頭を下げる姿はなんとも優雅で、接客業としてのプロ意識を感じる。中へ案内されると、ショーケースの中に飾られているものたちがキラキラと輝く光で店内は明るく、なんとも居心地が悪かった。周りも女性かカップルばかり。男一人なんて俺だけ。少しだけだと思って入ったが、既に帰りたくなってきた。

――ご友人様でしたら、この辺りなんていかがでしょうか。

 紹介されたショーケースの中に目を落とすと、確かに他に比べてシンプルなデザインのネックレスやピアス、指輪等が入っている。まあ、これくらいなら人を選ばないで付けられるんじゃないか。こんな光ったショーケースの中にある沢山のアクセサリーを間近で見ることなんて初めてで、好奇心も合わさってまじまじと見てしまう。一つ一つゆっくりと足を進めていると、ある一つのネックレスが目に入った。
 リングが二つ付いているネックレス。三つ石が付いており、左右二つは青色だ。この色合いは、学生時代に羽織っていたジャージを思い出すな。

――この二連リングのネックレス、素敵ですよね。お出ししましょうか?
「じゃあ、お願いします」

 手袋を付けて取り出されると、何故かこちらが緊張してしまうな。ショーケースという壁を無くして見たそのネックレスはやっぱりイメージ通りで、それを首に付けている彼女を想像してしまった。……いやだから、何で俺が付き合ってもいない〇〇にプレゼントを渡すんだ。そもそも渡すにしてもネックレスなんて、いくら似合うにしても重すぎて引かれるだろ。馬鹿か俺は……



――ありがとうございました。

 店を出る俺に満面の笑みで再び優雅に礼をする店員を背に、俺は手に紙袋を提げていた。
 完全にやってしまった。あの店員、あの手この手のセールストークを披露しやがって。やっぱり只者じゃなかった。くそっ、どうするんだ、これ。とりあえずこのまま持って帰ると兄貴に冷やかされそうだから何か他の袋で隠さなきゃな。
 俺は近くで適当に和菓子を多めに買い、予備の袋を貰ってそれにネックレスを突っ込み帰宅した。どうにか家族にバレずに済んだが、自分の部屋に似合わないそれは、明らかに異質なオーラを放っている。悩んでも仕方ないので、とりあえず調べてみる。「友達 プレゼント ネックレス」とかでいいか。検索ボタンを押すとオススメのプレゼントだとか、貰って嬉しいものランキングだとか、よく分からない記事が無限に出てくる。

 いくつかの記事に目に通して、俺は頭を抱えた。まあ友達からのアクセサリーのプレゼントは、とりあえず嬉しくないことはないらしい。気持ちが嬉しいと。
 しかし、趣味じゃなかったりすると困るだとか、そもそも友人からのアクセサリーのプレゼントは重いだとか、ネガティブな話しも沢山あった。人によるとはいえ、そんな話しを見ても気にせず堂々と渡せるほど、俺たちの仲は深くない。どこまでいっても、ただの友達だ。

「……どうするんだ、これ」

 勢いで買ってしまったそれを、今は視界にも入れたくなくて、目の届かない場所にしまい込んだ。それでも存在感が壁を通して伝わってきて、俺は溜息が止まらなかった。




「聞きたいことがあるんだが」
「日吉から連絡なんて珍しいな。どしたん」
「友達の話しなんだが。クリスマスにそいつが付き合ってもない女友達にネックレスをプレゼントするか悩んでるんだが、お前はどう思う」
「ぶっ……」
「何笑ってるんだ」
「悪い悪い。想像もしてへん話題が来たからビビっただけや。ていうか、何で俺なん?」
「お前、彼女いるって自慢してただろ」
「いや、まあそうやけど……友達の話しやったらもっと身近な方がいいんちゃう? 無関係の俺でええの?」
「無関係な方がいいだろ」
「まあ、日吉がそう言うならええわ。で? 女友達にクリスマスにネックレス渡すか悩んでる、やったっけ?」
「ああ」
「別にええんちゃう」
「何でだ? 調べたら趣味じゃなかったら困るとか、重いとか書いてあったぞ」
「まあそういう人もおるやろうけど……日吉が渡そうと思う相手なら、そういうタイプでもないやろ」
「俺じゃなくて友達だ」
「ああ、せやったせやった。やったらその女友達のこと、日吉も知ってるんやろ? 仮にネックレスが趣味じゃなかったとして、困るとか言うタイプなん?」
「……言わないと、思う」
「ならええやん」
「何か軽いな」
「そんなことないわ。日吉やったら大丈夫やと信用して言ってんねん」
「だから俺じゃなくて友達だと言ってるだろ」
「ああ、せやったせやった。悪いな。なあ、ちなみに聞いてもええ?」
「何だ」
「その友達は、その女友達のこと好きなん?」
「……多分な」
「ふうん。ま、上手くいくとええな」
「……そうだな」
「その友達に、頑張れって言っといて」
「分かった」
「あと、上手くいったか今度教えてな」
「無関係の奴のことがそんなに気になるのか?」
「まあ、そんな無関係って訳でもなさそうやし」
「どういう意味だ?」
「こっちの話しや。じゃ、そろそろ切るわ」
「ああ。助かった、ありがとう」

 以前、「彼女出来たわ。めっちゃ可愛い」と自慢していた財前。恋人がいる奴に聞くのが早いだろうと相談してみたが、わりと正解だったかもしれない。財前の言う通り、〇〇は俺がこれを渡して引くような奴じゃない。多分。万が一引かれたら、それはもうそこまでなんだろう。
 はあ、と溜息を一つ零し、カレンダーに目を向ける。遂に明日はクリスマスイブだ。いつもと何ら変わりない約束なのに、偶然合ってしまった日にちのせいで、こんなに悩むことになるなんて。

「もう、どうなでもなれだな」

 ここまで来てしまえば悩んでも仕方ない。大きく息を吐き、眼鏡を外してベッドに滑り込む。やけに高鳴る心臓が煩い。しかしそのおかげか、いつもより高い体温で温まった俺は気付けば眠りに落ちていた。



「外、カップルだらけだったな」
『そんなこともあろうかと、ここを予約しました! どう?』
「はいはい、ご苦労だな」
『相変わらずツれないなあ』

 人混みを抜け、待ち合わせ場所で数々のイルミネーションに照らされている〇〇を見て、息が止まりそうになった。俺が女の化粧やお洒落にとんと疎いせいなのか、それとも本当はいつもと同じなのに俺が変なフィルターをかけているせいなのか。とにかく、理由は分からないが、俺を待つ〇〇はいつもと違って見えて、声をかけるのを躊躇ってしまった。
 しかし、俺に気付いて笑顔で手を振る〇〇は、やっぱりいつもの〇〇の笑顔で。妙に騒ぐ胸を見て見ぬふりをしながら、俺は彼女と合流した。そして『行きたいお店があるの!』と言っていた〇〇に連れられ辿り着いたのが、今俺たちがいるこの居酒屋。和風で静かな雰囲気の個室居酒屋だ。要するに、個室なら他のカップルを目にすることなく、落ち着いて呑めるだろ? と言いたいらしい。

「だったら、もっとツれる奴を誘えばよかっただろ」
『日吉の言うツれる奴は、みーんな恋人と過ごしてるの』
「で、余ってたのが俺か?」
『と、私』
「そりゃあ呑むしかないな」
『さすが日吉。話しが早い』

 二人でニヤリと笑い、「乾杯」の合図で手に持っていた日本酒をぐいっと煽る。喉を通って胃に溜まる味をたっぷりと堪能してから、ふう、と息を吐く。日本酒のいい香りが鼻から抜けて、かなりいい気分だ。

「美味いな、これ。店のおすすめだったか?」
『そうそう。ここのお店評判良いらしくて、前から来たかったんだよね』
「確かにいい店だ」

 目の前に広がる料理の数々を見ても分かる。綺麗に盛り付けられたそれらの中から一つ口に含んでみれば、思わず「お」と声が出そうな味だ。〇〇も同じなのか、口に含む度に目を丸くた後、ふにゃっと顔を緩ませる。なんとも幸せそうな顔。

「締りのない顔だな」
『だってすごく美味しいよ!』
「そうだな。美味い」
『早めに予約しといてよかったー』
「お手柄だな」
『でしょ』

 へへ、と照れ臭そうに笑う彼女に俺も思わず口元が緩む。何で昨日、俺はあんなに不安を感じてたんだ? 酒を一口含み、香りを堪能しながら昨夜の記憶を手繰り寄せる。

「ん"っ」
『え、どうしたの』

 急に締まった喉に酒が詰まり、危うく惨事。ゴクリと大きな音を鳴らして、空気を含んだ酒をどうにか飲み込む。

「げほっ、げほっ……」
『ちょっと、大丈夫?』
「悪い……」

 〇〇が差し出してくれた水を流し込んでリセットする。目の前から心配そうに俺を覗き込む〇〇の視線を感じるが、今の俺にはその視線をまともに返すことは出来なかった。
 買ってからしばらく目に付かない場所に押し込んでいたそれを、今日もなるべく意識しないように大きめの鞄に突っ込んだ。そして待ち合わせ場所に行き、いつもと違う〇〇を見て動揺したことなんかですっかりと頭から抜けていた。そして思い出すと、鞄の中のそれはやけに主張を増す気がする。そうなってくると、昨夜感じていた緊張や不安がぶり返してきて、いつ、どうやって渡せばいいのか。それしか考えられなくなる。

『日吉?』
「……なんでもない。大丈夫だ」

 未だに〇〇の目を見れないのに、何が大丈夫なのか自分でも分からないが。とにかく今は一旦忘れよう。折角の酒と料理が勿体ない。



『日吉、本当に大丈夫?』
「だいじょうぶだ……」

 忘れようと必死になりすぎた。あれから俺はあのネックレスのことを思い出す度に酒でそれを流した。
 結果、非常に気持ち悪い。

『そろそろ時間だし、お水でも飲んだら?』

 もうそんなに経ったのか? 急いで時計を確認すると、確かに電車が危なくなる時間。自分の不甲斐なさに溜息をつくと、〇〇が眉を顰める。

『今日の日吉、なんか変だよ? 体調でも悪い?』
「そんなことない……」

 しかし、今俺の頭はネックレスのことで精一杯で、彼女の心配に応える余裕はない。運良くここは個室。俺の体に回る酒。そして今にも身支度を整えそうな雰囲気。渡すなら今しかない。

「〇〇……」
『ん? なに?』
「その……」

 おい、酒は一体どこに行ったんだ。〇〇を呼んだ途端、一気に酔いが引いたぞ。
 俺の言葉を待つ〇〇と、二の句が継げない俺の間に重い沈黙が流れる。

「……来年は……次は、いつ行くんだ」
『え? そりゃあ日吉が行きたいって言うならいつでもいいよ! なんなら元日にでも行く?』

 ふふ、と笑顔の〇〇にまたしても心臓が騒ぎ出す。
 俺ってこんなに臆病だったのか? 今まで何百人という部員を背負ってきたこの俺が、友達一人にプレゼントすら渡せないくらい小心者だったのか?

「元日は親戚が集まるから厳しいな」
『そっかー。まあ、また連絡してよ。私はいつでも暇してるから。日吉が行きたかったらいつでも誘って』

 そんな〇〇の言葉が締めの挨拶となり、会はお開きとなった。


 外に出れば冷たい空気が体を冷やすが、そこら中にいる恋人たちはそれをいいことに手を繋いだり腕を組んだり。〇〇じゃないが、なんだか見るのが嫌になるな。

『ね。やっぱり個室にしといてよかったでしょ?』
「全くだ」

 だが周りから見れば、俺たちも恋人に見えるんだろうな。隣を歩く〇〇を横目で見ながらそう思う。
 だが、俺たちは友達だ。二人の間に空いた隙間が埋まることはない。

『送ってくれてありがとう。ここで大丈夫だよ』
「……そうか」
『じゃあ一月、連絡してね。待ってるから』
「ああ」

 離れていく彼女の背中。
 結局、渡せなかったな。鞄の中を探り、久しぶりにまともにその紙袋を目にした。中を見ると、綺麗にラッピングされた小さな箱。アイツがこれを見たら『なにこの可愛い箱!』とか言って騒ぐんだろうな。中身を見たら少し驚いて、『日吉が選んでくれたの? 嬉しい』って喜ぶんだろうな。その後『日吉一人で店入ったの? 遠くから見たかったな』なんて言って俺をからかうんだ。


「おい。待て」
『へっ!?』
「話しがあるからちょっと付き合え。タクシー代は出すから時間は心配するな」
『……うん』

 駅から出て、人通りの多い場所へ出た。そして、より人が集まるであろう巨大なツリーがある元へと向かった。その場所は予想通り他に比べても人が密集していたが、時間も時間だったためか、普通に歩ける程ではあった。人の少ない場所だと警戒されてしまう、というか普通に危ないからな。それに、こんな日に他の男女二人組が何を話しているかなんて、誰も気にしやしないだろう? みんな、自分たちのことで頭がいっぱいなんだ。

『わー、綺麗……』

 俺はツリーなんかより、それに装飾された電飾の光でキラキラしている〇〇の方に目がいってしまう。

「なあ」
『ん?』
「これ。やる」
『……えっ!?』
「早く受け取れ」
『えっと……これ』
「クリスマスプレゼントってやつだ」
『ひっ、日吉が? 私に?』
「悪いか」
『そんなことないそんなことない! 嬉しい……ありがとう』

 目を細めてひたすらに幸せそうな表情の〇〇に、俺の心臓が潰されそうだ。
 でも……やっぱり渡してよかった。こんな顔をしてくれるなら。

『わっ! 可愛い箱!』
「っ! おい、今開けるのか!」

 渡せた余韻を噛み締める暇もなく、〇〇は掌にラッピングされた箱を取り出し、子どものように目を輝かせていた。

『だめ? 気になるから早く見たいよ』
「……大したものじゃない」
『日吉が選んでくれたものなら、何でも嬉しいの』

 そう言うと、スルスルとその赤いリボンを解いていく。全身に心臓の音が響く。〇〇が箱を開く瞬間なんて、緊張で吐き気を催した。

『……これ』

 想像通り、〇〇は目をまん丸く見開いてネックレスを凝視している。

『これ、日吉が私のために選んでくれたの?』

 ネックレスを見つめたまま聞く彼女に、俺は無言で答える。「そうだよ」なんて、笑顔で言えるか。
 今のところ、〇〇は俺の想像通りの反応をしている。箱を見れば『可愛い!』と騒ぎ、俺が選んだことに驚いている。この後はきっと『ありがとう』と喜ぶのだろう。〇〇の笑顔を想像しながら彼女の顔を見た。 
 そして俺は度肝を抜かれる。

 〇〇は肩を震わせ、ぽろぽろと涙を流しはじめた。

「はっ!? な、お前……なんで、」

 泣くなんて想定外すぎて頭がパニックになる。なんだ、そんな泣くほど反応に困るものだったのか?

『ごめ……驚いて……』
「だからって泣くことは……」
『だって……嬉しくて……』

 そう言って、またぼろぼろ大粒の涙を流す〇〇に思考が止まった。そして、俺は今の今まで何をそんなに不安がっていたのか、ひたすらに馬鹿らしくなった。俺は〇〇の手の中にあるネックレスをそっと指で拾い上げ、そのまま前から彼女の首にネックレスを通した。

『ひ、日吉!?』
「馬鹿。大人しくしてろ」

 ネックレスなんて触る機会殆どないからな。暴れられると何処かへ吹き飛んじまう。
 だが幸いにも、俺はわりと器用な方だ。縫い針に糸を通すことだって造作もない。

「よく似合ってる」

 〇〇の胸元で光るネックレスは、やっぱりあの店で想像した通りこいつによく似合う。そう。あの日からずっと、この姿が見たかったんだ。

『今日の日吉……やっぱり変……』
「今のお前も、相当変な顔してるぞ」
『ひどい……』
「冗談だ……とは言えないな」

 未だ涙が止まらず顔を歪ませる〇〇に、込み上げる笑いを抑えきれない。

『……ばか』
「悪いな」

 人前でこんなことするなんて、俺もクリスマスの妙な雰囲気にやられたな。
 だが、俺の選んだもので、涙を流すほど喜ぶ人間がいると分かったことは大きい。
 物心ついた時から基本的にクリスマスなんてどうでもいいと思っていたが、今日は、今日だけは心からクリスマスに感謝してやるよ。

****

「へえ。じゃあ渡せたんや。良かったやん」
「ああ。友達も、お前に感謝してたぞ」
「で? その友達と女友達はどうなったん?」
「どうって、なんだ」
「いや、付き合うたりしたんかなって」
「……」
「日吉?」
「別に。そんなことしてないが」
「は? クリスマスに二人でデートしてネックレスまで渡して付き合うてへんの? ていうか、告白するタイミングそこ以外あらへんやろ。何してんねん、日吉」
「な、なんだよ急にムキになって。あと、俺じゃなくて友達だと何度も……」
「アホか。そんな古代から使われてる誤魔化し方が通用する訳ないやろ。はあ……日吉ってもっとしっかりした奴やと思うててんけどな。恋愛に関してはホンマからっきしやな」
「何でお前にそこまで言われなきゃならないんだ……」
「告白せーへんの?」
「別に……時が来たら考える」
「その時が明らかに来てたやろ」
「うるさいぞ。プレゼント渡せたんだからいいだろうが」
「その女友達、可哀想に……期待してたやろうにな」
「そ、そうなのか?」
「そりゃあクリスマスに二人で呑んでプレゼント泣いて喜ぶなんてほぼオッケーやろ」
「……チッ」
「まあまた会うんやろ? その時言うたら?」
「明日だが」
「ちょうどええやん」
「軽いノリで言うな」
「この機会逃したら、もっと言いにくくなるで?」
「……」
「強制は出来ひんから、あくまで一つの意見や。ま、応援はしてるで」
「そうかよ」
「じゃ、頑張ってな」


 俺は明日に向けて、また前回のような、いやそれ以上の途方もない不安に一晩中飲み込まれることとなる。そうしてほぼ寝不足の状態で迎えた当日、前回のお礼だとマフラーをくれた〇〇に先を越されてしまうことを、その時の俺には知る由もなかった。





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〈財前サイド〉
〈財前サイド_彼女関西弁ver〉




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