N.W.D -稲妻11別館-


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豪♀鬼エロを目指したのに本番前で力尽きました。すみません。


 先週までの夏の暑さが嘘のような気温の下がり具合に、衣更えを済ませたばかりの冬服を身に纏いながらも、吹きつけてきた風の冷たさに鬼道はぶるりと小さく身を震わせた。
「鬼道…?」
 横を歩いていた豪炎寺がそれに気づかないはずがなく、気遣わしげな声と視線に肌に感じる寒さ以上にほこりと温かいものを感じて、鬼道はほっと息を吐き出した。
「何でもない」
 だが、その言葉を額面通りに受け取るつもりはないようで、豪炎寺は徐に足を止めると、肩にかけていたスポーツバッグを漁り出す。
「……豪炎寺?」
 口数の少ない恋人がこうやって、何の前振りもない行動に移るのは珍しいことではなかったが、だからといって、怪訝に思わないわけではなく、一歩先で鬼道は足を止めて豪炎寺を振り返る。
 制服のスカートがふわりと揺れた。
「これ」
 差し出されたのは、男子学生にしては珍しく丁寧に畳まれたジャージの上。当然、同じデザインの物を鬼道も持っていたが、今日は体育がなかったので部活で毎日持ち歩いている豪炎寺と違ってロッカーに入れたままだった。
「練習が始まるまで羽織ってただけだから、そんなに汚れてないと思う」
 家に帰るまでだし、ないよりいいだろう。
 そう言って、豪炎寺は鬼道の返事も待たず、制服の上から袖を通さず羽織らせた。
 その姿に、かつてのグラウンド上での鬼道を思い出す。勿論、ジャージとマントでは似ても似つかないというのに、背にひらひらと揺れる布地が、共にプレイしていた頃の懐かしい姿を呼び覚ました。
 初めて出逢ったときは、正直少女だなんて欠片も思わなかった。男だとか女だとかそんなことは関係なく、試合を支配する圧倒的なゲームメイクと見る者を魅了する鮮やかなプレイに目を奪われたのは、もう何年も前のことなのに、あのときの衝撃は今尚鮮やかに脳裏に焼きついている。
 豪炎寺がそんな想いに囚われているとは知る由もなく、鬼道は自分の物より一回り以上大きいジャージの胸許をきゅっと握りしめる。以前、鬼道がプレゼントしたコロンの残り香が微かに鼻腔を擽り、気恥ずかしさを覚えつつも、寒いとも何も言ってないのに、察してくれる豪炎寺の気持ちが嬉しかった。
 きっと今の自分の顔は赤くなっているに違いない。
 西の空に大きく傾いた夕陽が頬の紅潮も隠してくれていればいいと思いながら、袖を通していないジャージが落ちてしまわないように、胸許の部分をしっかりと掴んだ。
 俯き気味な鬼道の頬がほんのりと赤らんでいるのに豪炎寺も釣られたように赤面する。
 寒そうだと思ったから、とりあえず手近にあったものを渡してしまったのだが、普段自分が見につけている物が鬼道の身を包んでいると思うと、意味もなく興奮が高まった。
 制服の上で良かったと心から思う。
 ただ羽織っているだけでこうなのに、これできちんと袖を通していたらと思うと心臓に悪い。
 中学生の頃はそれほど差のなかった体格は第二次成長期を経て、男女の差が如実に表れていた。はっきりと身長差が出始めた頃はかなり悔しがっていた鬼道だったが、最近は仕方がないことと割りきったのか、健康診断の時期がきても特に口に出すことはなくなっていた。豪炎寺の結果を聞いてもデータの一つとして割りきっているのか、そうか、と頷かれたのが一番新しい記憶だ。
 だが、今問題なのはそういうことではない。
 今は羽織っているだけの豪炎寺のジャージをきちんと袖を通して鬼道が着たならば、袖が余るのは確実で、世間一般で言うところの彼シャツの魅力というものの意味を今更ながらに実感する。
 鬼道は普段、身形がしっかりしているせいで、そういう行為の後であっても、自分の衣服をきちんと身につけてしまうので、これまでそういう機会を得たことがなかった。時々、クラスの男子や部室でそういう話題が上がったときにも、豪炎寺は皆の興奮する様子をそういうものか、と眺めていただけだったが、実際に目にすれば、なるほどと思わざるをえない。
 改めて鬼道に視線を向け、ベッドの上で、自分のシャツを身に纏う恋人の姿をイメージした途端、豪炎寺は下腹部に覚えのある疼きを覚え、焦りを覚えた。
 今日は週の真ん中で、しかも試験前だ。
 勉学にも真面目な鬼道は、直前だからと言って慌てて勉強するような真似はしないだろうし、豪炎寺もまた父の許しは得られているとはいえ、勉強を疎かにするつもりもなかったし、何より全国でもトップクラスの学力を誇る恋人の手前、あまり無残な成績を取るわけにはいかぬと、日々の予習復習は欠かさず行っていたので、試験前で帰宅が早まるのは、寧ろ余暇が増えただけとも言えなくなかった。
 それでもこれまでそういう行為をするのは週末だけの二人だったから、幾らなんでも、こんな帰り道で盛ったなんて知られるのは豪炎寺としては非常に気まずい。
「豪炎寺?」
 空いている方の手をきゅっと掴んで、無言で歩き出した豪炎寺に、鬼道は少しだけ焦った声を上げる。
 突然どうしたのだろうか。
 試験前で、他の部活動が休止の中、サッカー部だけは大会前ということもあって、いつもより短めではあったが活動があった。そのせいで、駅に通じる道に人影はほとんどない。他の部員たちはほとんどが自転車通学だったし、試験前ということがやはり気にはなっているのか、片付け終了と同時に早々に帰途についていたので、最後に部室の鍵を閉めたときには残っていたのは、鬼道と豪炎寺の二人だけになっていた。
 繋いだ掌からじわりと感じる豪炎寺の体温が温かい。
 普段なら気恥ずかしさが先に立ってしまって、外での接触を好まない鬼道だったが、人影のないことと外気の低さのせいも手伝って、自分からきゅっと指を絡ませる。
「っ!」
 豪炎寺は思わず上げそうになった声を必死に噛み殺した。
 不思議そうに見上げてくる鬼道の視線を感じながらも、湧き上がる衝動を堪えるのに精一杯で、到底、鬼道と視線を合わせるなんて今はできなかった。代わりに、結ばれた指先に自分もぐっと力を入れる。
 豪炎寺が無口なのは今に始まったことではない。
 ただ、何かを耐えているような様子に少しだけ不安を感じつつも、結ばれた指先からじわりと伝わる熱に、心配ないと自分に言い聞かせる。
 変わってしまった歩幅にも拘らず、自分に合わせて歩いてくれる豪炎寺の横顔をもう一度見上げて、ほぅともう一度、息を吐きだした。
 白く曇った呼気が、今日の気温の低さを物語る。
 好き。
 もう一度視線を足許のコンクリートに落として、口唇だけを動かした。
 音にならない呟きは、呼気だけを残して足許に落ち、そして、その呼気もまた即座に虚空に吸い込まれる。
 気温は低いままだったけれど、羽織ったジャージと繋いだ掌から伝わる熱で、寒さはもう気にならなかった。
「鬼道」
 そのとき、秋の空気に溶けた呟きが聞こえたはずもないのに、豪炎寺が前を向いたまま、口を開いた。
「なんだ……?」
 別に聞かれて困ることではなかったけれど、伝えるつもりで口にしたわけではないことが思いがけず、相手の耳に届いてしまっていたなら、それは正直言って恥ずかしい。
「少し、」
 鬼道の好きな落ち着いた豪炎寺の声が鼓膜を震わせる。
 言葉が少なくても、真っ直ぐに向けられる瞳がその想いを伝えてくれることを鬼道は十分すぎる程知っていたけれども、欲を言えば、もっとその声を聞きたいと、いつも思っていた。
 大好きなその声が鬼道、と名を呼んでくれるのが好きだった。
「急いでもいいか?」
 躊躇いがちに、けれどもはっきりと告げられた言葉の意味を量りかねて、鬼道はきょとんと豪炎寺の横顔を見上げる。
 どうやら先程の呟きを聞かれたわけではないらしいことに少し安堵しつつ、やはり何かを耐えているような豪炎寺の表情に気に留めないでいた不安が、むくりと頭を擡げた。
 練習中は特に変わりなかったはずだ。
 軽く流す程度の内容だったが、豪快なシュートは常と変らず、その力強いフォームは昔と変わらず鬼道の目を奪った。
 技術面では今もって鬼道の実力は高校サッカー界でも十分に通用する、寧ろトップクラスの選手と比べても何ら遜色ないものだったが、体格と体力の差は如何ともしがたく、一緒にグラウンドを走ることができなくなって余計に、豪炎寺のサッカーする姿に見惚れることが多くなったように思う。けれども、校内だけでなく他校にも大勢のファンを持つ天才ストライカーの横をこうやって独り占めできる幸せに身を委ねつつ、時折、いつまでこうして一緒にいられるのかと不安にも駆られることも増えた。一緒にグラウンドで一つのボールを追いかけていたときは、そんなこと考えたこともなかったのに、豪炎寺にはもっと可愛い女子がお似合いなのではないかと、彼に声援を送る多くの女性の姿を彼女たちと同じようにグラウンドの外に立って視界に入れるたびに、いつ、そんな中の一人に豪炎寺が心を奪われたとしても不思議ではないように思われてしまう。
 何か用事があったのだろうか。
 豪炎寺の言葉の意図を量りかねて、鬼道は少しだけ考えるように視線を逸らせた。
 週末ではない今日は、鬼道の家まで豪炎寺が送ってくれて、そして自宅に向かう豪炎寺を自宅の前で鬼道が見送るのがいつもの二人の放課後で、だから一緒にいられる時間を少しでも引き延ばしたくて、鬼道はわざとゆっくり歩いているぐらいだったから、急ぐと言われて、少し寂しさを感じてしまう。
 何か用事があるなら仕方ないが、豪炎寺は一緒の時間をもっと持ちたいと思ってくれたりはしないのだろうか、と自分ばかりが豪炎寺に囚われているような気持にさえなってしまう。
「鬼道…?」
 返事がないことを訝しむように豪炎寺がもう一度名を呼んだ。
 いつの間にか俯いてしまっていたらしいことに気づいて、鬼道は、はっと顔を上げる。
「あ、ああ」
 構わない。
 十数年の間に身に染みついてしまった男言葉はそう簡単には直らず、豪炎寺もまたそのままで構わないという言葉に甘えてしまった結果、どこか素っ気ない返答しかできない自分に胸中で苛立ちさえ覚えながらも、鬼道は言葉と同様に培ってきた冷静さで内心の不安を押し殺した。
「だったら、もう一ついいか?」
 ごくりと唾を呑みこんで豪炎寺は、さらに言葉を続けた。
 鬼道と繋いだままの掌がじわりと汗ばむ。
 少しだけ表情の固い鬼道の様子にもしかして醜い欲望に気づかれたのか、と不安が過ぎる。
 正直、豪炎寺としては平日だろうがなんだろうが、毎日だって鬼道を抱きたいぐらいだったが、連日遅くまである練習の後では流石に、体力面よりも時間的に難しく、それに加えて、いつまで経っても慣れぬ様子の鬼道にあまりがっついていると思われるのも嫌で、週末だけ、しかも試合の前日は豪炎寺がどんなに大丈夫だと言っても鬼道がおまえのコンディションに影響したらどうすると言って、頑として譲らないため、付き合いの長さの割に性行為の回数はそれほど多くなかった。彼女のいる健全な男子高校生としては、逆に不健全とも言える聖人君子ぶりではないだろうか、と豪炎寺は胸中で苦笑する。
「鬼道の家に寄りたい」
 自宅には小学生の妹がいる。
 夕香も鬼道のことを大層好いていたから、家に連れていけば喜ぶだろうが、いかんせんそれでは豪炎寺のこの熱の昂ぶりを解放することは不可能である。
 試験前だとか、平日だとか、そんなことを気にしている余裕はなかった。
 ただ一つ、鬼道に軽蔑されるのではないかという不安を抱えながら、豪炎寺は熱の籠った視線を鬼道に向けた。
「え……」
 外でデートをするのでなければ、二人で週末を過ごすのは大抵鬼道の家だったから、豪炎寺がその端的な言葉に込めた真意が分からない程、鈍感ではなかったが、どうして、という疑問は当然、湧き上がる。
 しかし、それ以上に一緒にいたいと思っていたのが自分だけではなかったことへの喜びが勝った。
「駄目か?」
 真っ直ぐに見つめられて、鬼道はふるりと首を振る。
 恥らうように頬を染めて、けれどもしっかりと豪炎寺の顔を見て、ぎゅっと胸許のジャージをもう一度握りしめた。
「駄目じゃない」
 鬼道の返答に豪炎寺がほっとした様子で表情を和らげる。こちらの意図も正しく伝わっているようで、正直、安堵した。
「だったら」
 繋いだままの手を強く引く。
 え、と驚きの声を鬼道が上げるより先に、その体はバランスを崩して豪炎寺の胸に倒れ込んだ。
「急ごう」
 顔を豪炎寺の胸許に押しつけるような形になった鬼道の耳許に、欲に掠れた声で豪炎寺は囁きを落とす。

 鬼道が欲しい。

 豪炎寺の息が耳朶を擽る感触にぞわりと背が震えた。
 繋いだままの指先以外、ほとんどどこもまだ触れられていないというのに、下腹部に覚えのある疼きを感じて、鬼道は慌てて豪炎寺から身体を離そうとしたが、それより先に、今度は豪炎寺の指先が耳朶をゆっくりとなぞるように這わされる。
「んっ……」
 思わず漏れた声に鬼道が焦ったように口許に手を当てると、くすりと笑みが頭上から落とされて、鬼道の頬の紅潮が増す。
「早く帰ろう」
 高校生になってから緩いウエーブに変えた髪の毛を手櫛で梳かすように指で滑らせる豪炎寺の手の感触に身を預けながら、鬼道はこくりと小さく頷いた。

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