N.W.D -稲妻11別館-


IndexTextNotes | Clap





 うわあぁっ、と喜色に溢れた声が少女の口から上がる。
 声だけでなく、幼い妹の身体全体から湧き上がって見える興奮の色に、豪炎寺の口許が緩んだ。
 それは、二人分のスペースを開けて立つ鬼道も同じだったようで、凄い、と目を輝かせる春奈の様子に、ゴーグルの下の瞳が柔らかく細められる。
 お兄ちゃん、凄いね、と恰も打ち合わせていたように口を揃えた妹たちの声に、二人の兄もまた図ったように、そうだな、と声を揃えた後で、苦笑気味に顔を見合わせた。
 少女たちは、そんな兄たちの様子にきょとんと顔を見合わせたが、すぐに意識は目の前の花畑に引き戻される。
 眼前に広がる色鮮やかなチューリップの群生。
 赤色のものが一番多かったが、ピンクやオレンジ、黄色に白と様々な色の花が爽やかな春の風に波打つ。
 十年前は青空の下で見た光景が、今は真っ赤な夕陽に照らされていた。
 色とりどりの花だけでなく、緑色の葉も茎も、そして空までも、全てが濃い赤のセロハンフィルムでも貼られたように、色彩だけがあの日と姿を違える。
「豪炎寺」
 何を考えている、と向けられた鬼道の言葉に、豪炎寺は少し考えるような仕草で一拍置いてから、フッと口許を綻ばせた。
「鬼道と同じことだ」
 多分な、と付け加えながら、その表情には余裕が溢れているのが感じられて、鬼道の眉がぴくりと上下する。
「……またお前はそうやって適当にはぐらかそうと」
「別にはぐらかすとか誤魔化そうとか思っているわけではないんだがな……」
 レンズ越しにもはっきりと分かる鬼道の厳しい視線にも、動じる素振りもなく豪炎寺は苦笑した。
「だったら、俺が何を考えていたか」
 首元のスカーフをぐしゃりと握り込み、当ててみろ、と不敵な笑みを浮かべた鬼道の口唇は、キスができそうなほど近い。
 いっそこのまま触れてしまおうかとも思った豪炎寺だったが、屋外でそんなことをすれば、周囲の目を気にする鬼道の機嫌を損ねることは確実で、少なくとも帰りのドライブ中は口を聞いてくれないか、下手をすれば迎えを呼んで一人で帰る、なんて言い出されかねなかったから、思うだけに留めた。
 一向に答えを返そうとしない豪炎寺に、ほら見ろとでも言わんばかりに、鬼道が得意気に口許を緩める。
 そんな表情も可愛いと思いながら、豪炎寺は自然と緩みそうになる口許を必死に引き締めて、視線を鬼道から眼前の花畑に移した。
「景色は四人で見たときと変わらないのに、初めて此処を訪れてから、もう十年も経つんだな」
 長かったはずなのにあっという間だ、と半ば独り言のように紡がれた言葉に、鬼道が驚きを滲ませて豪炎寺の横顔を窺う。
「同じだったか?」
 しかし、豪炎寺がニヤリと口唇の端を持ち上げたのを見て、鬼道は、はっと顔を逸らした。
 それが答えになってしまっていることは、鬼道自身が一番良く知っていたが、負けず嫌いな性格が頭を擡げてしまい、顔を逸らしたまま、さあな、と嘯く。
「そうか」
 豪炎寺も、くすっと柔らかな笑みを零しながらも、それ以上、追及することはしなかった。
「正直なところ」
 急に神妙な口調に変わった豪炎寺に、鬼道はレンズの下の瞳を瞬かせる。
「あの頃、音無が鬼道の妹で良かったと思っていた」
 ぴくり、と鬼道の眉が上下したのを見て、言い方を間違えたことに気づいた豪炎寺は、あー、と苦笑混じりに風に煽られた前髪をくしゃりと掻き上げた。
「別に音無を出しに使おうと思っていたわけではなかったが、いや、結果的にはそうしていたのかもしれないが、音無のおかげで鬼道と一緒に出かけることができたわけで……」
 言葉を重ねれば重ねるほど、どつぼに嵌っている自覚に豪炎寺の苦笑が深まっていく。
 そんな豪炎寺の様子に、鬼道の眉間に寄せられていた皺がゆるゆると解かれ、フッと柔らかな笑みが口唇から零れた。
「鬼道?」
「兄の立場を利用していたのは俺も同じだ」
 だから、お前だけが申し訳なさを感じる必要はない、と歪められた口唇に誘われるように、豪炎寺は昔と違って一人分も開いていない隙間をさらに詰めるように、そっと手を伸ばした。
「なっ……」
 驚きの声を上げかけた鬼道を制するように、豪炎寺は指先を絡ませる。
「誰も気づかないさ」
 豪炎寺の言葉に同意するわけではなかったが、陽の暮れ始めた周囲には確かに人影は疎らで、幾つかの影がぽつぽつと広い花畑に点在しているだけだった。
 いい歳をした男が二人でこんな場所にいる時点で衆目を集めそうなものだったが、鬼道の危惧は杞憂に過ぎなかったらしい。
「……今だけ、」
 レンズ越しに視界をさっと窺ってから、鬼道は触れ合っていただけの指先にきゅっと力を籠める。
 付き合いも十年を数えて今更この程度のことでと思いながらも、手を繋いでいる、ただそれだけのことがひどく気恥ずかしく感じられて、じわりと頬が熱を帯びていくのが分かる。
「特別だ」
 叶わぬ願いだと分かってはいたが、夕陽の赤が頬の紅潮を隠してくれたらいいのに、と思いながら、視線はチューリップ畑に向けたまま、鬼道はぼそりと呟いた。
「……ああ」
 素直じゃないのは何年経っても変わらないな、と零れそうになる笑みを堪えながら頷くと、繋がれた指先に応えるように、豪炎寺もぎゅっと力を籠める。
 二人の背後で、長く伸びた二つの影を抱き留めるように、真っ赤なチューリップの群生が風にゆったりと揺られていた。





 お返事はMemoでさせて頂きます。


Index









「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -