N.W.D -稲妻11別館-


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傍らにいたいだけ 2


「遅かったな」
 部室の扉を開けると、既に着替え終えていた鬼道がスパイクの紐を結びながら顔を上げた。
 対外的には女性らしい言葉遣いをする鬼道だったが、豪炎寺同様、小さい頃は男の子に混じってサッカーに明け暮れていたせいか、素の言葉遣いは男言葉がベースになっている。何も知らない他の生徒達が聞いたら、さぞかしショックを受けるのだろうな、と常々豪炎寺は思っていたが、飾らない鬼道の口調が心地好くて、特に伝えたことはなかった。
 勿論、使い分けている時点で本人も自覚しているのだから、態々豪炎寺が教える必要などないということだろう。
「ああ、日直だったんだ」
 ロッカーを開けて、練習着とタオルを取り出したバッグを仕舞いながら豪炎寺は何の含みもない台詞を口にした。
 そう。折角、久しぶりに鬼道と一緒に練習ができるというのに、運の悪いことに今日の豪炎寺は日直に当たってしまっていた。日誌を書き終えたところで、清掃の点検でクラスに割り当てられた各教室を回っていた最中に、去年の担任に捕まり、面倒事を押し付けられそうになったのをどうにか回避したというのに、結局名前も知らぬ女生徒のためにこんな時間になってしまったのだ。
 気の早いキャプテンの円堂などは、とっくの昔にグラウンドに出ているのだろう。
「……それだけか?」
 部室の外から聞こえてくるグラウンドのざわめきに、僅かに表情を緩めた豪炎寺の耳に、どこか咎めだてる響きを含んだ鬼道の声が届く。
「鬼道……?」
「っ……!」
 振り返った豪炎寺と目が合った途端、珍しくはっきり分かる所作で勢いよく顔を逸らされた。
「な、なんでもないっ」
 今のは、聞かなかったことにして欲しい……。
 部内で唯一彼女だけが身に纏うマントで顔を隠しながら、鬼道は弱々しい声でそう付け加えた。
「それは、」
 無理だ。
 豪炎寺は、マントを握る鬼道の手首を掴んで、その顔を覗きこんだ。
「やっ……」
「鬼道」
 耳許に口唇を寄せて、囁くように名前を呼ぶ。
 ぴくりと鬼道の肩が震えた。
「何を気にしてるんだ?」
 昼休みに食事を共にしたときはいつも通りだった。寧ろ、今日は久しぶりに最初から部活に参加できるから楽しみだ、と喜んでいたぐらいで、だから、何かあったとしたら午後の授業から部室に来るまでの数時間だが、残念ながら進路の違いもあって鬼道と豪炎寺はクラスが違っていたから、何かあったとしても豪炎寺には知る由もなかった。
「鬼道……」
 もう一度、甘く名前を呼ぶと、漸くおずおずと鬼道が顔をマントから覗かせた。
「私も思ってたんだ……」
 躊躇いがちに発せられた言葉は、含みは残しても理路整然と話す普段の鬼道とは随分違う。
「どうして」
「鬼道?」
 要領を得ない鬼道らしくない話し方に、豪炎寺は僅かに眉を顰める。
 だが、自分のことにいっぱいいっぱいなのか、そんな表情の変化にさえ鬼道は気づかない。感情の高まりのせいか、普段よりも瞳の紅みが増していた。
 こんなときなのに、その紅に吸いこまれそうになって、豪炎寺は慌てて気を引き締める。
「お前は、ただそこにいるだけで人を惹きつける。そこにいてくれるだけで、安心をくれる。私なんかよりお前の方が」
 上に立つに相応しい、と続けられるはずだった言葉は、文字通り豪炎寺の口中に呑みこまれた。
「んっ……」
 押しつけるような荒々しさで始まった突然のキスに、鬼道は驚きに目を見開き、数センチメートルと離れていない豪炎寺の顔を凝視する。伏せられた瞼のせいで瞳は見えなかったが、もっと顔を寄せられたら、触れられるのではないかと思うほどに長い睫が迫っていた。
 ぎゅっと抱きしめる腕に豪炎寺は力を籠める。
 固まっていた鬼道の身体から力が抜けていくのが分かった。
 触れるだけだったキスは、やがて鬼道の口唇を押し開き、舌が差し入れられる。鬼道も素直に招き入れるように自分の舌を絡めた。
 舌に感じる、自分のものではないざらついた感触に身体が熱くなる。
「はぁっ……」
 口中に溢れたどちらの物とも知れない唾液を呑みこんで、鬼道が苦しげに口唇を離した。
「いきな、り……」
 なんなんだ……。
 自分も積極的に応えてしまった手前、豪炎寺ばかりを責めるのはお門違いとは分かっていたが、視界に入る見慣れたロッカーと壁が、ここが部室でいつ誰が入ってきてもおかしくない場所だということを鬼道に冷静に突きつけて、そのせいで今更ながらに羞恥心に頬が熱くなった。
「鬼道が」
「私が……?」
「変なことを言い出すからだ」
 逸らすことを許さないと言わんばかりの強い眼差しと背に回された腕が、鬼道を拘束する。
「鬼道自身がどう思うかは、それは鬼道の考えだから私にそれを誤りだとか改めろとか言うつもりはないが、私の気持ちは私自身のものだ」
「……豪炎寺?」
「鬼道が私に思ってくれているように、私も鬼道に惹かれている。だから、ただ傍にいたい、それだけだ」
 何も飾らない豪炎寺らしい言葉に、鬼道は、はっと息を呑み、そしてこれ以上はないというほどに真っ赤になった。
 豪炎寺の胸に額を押しつけ、練習着をぎゅっと掴む。
「バカ……」
 声が震える。
 指先も震えていた。
 豪炎寺は、背に回していた腕を解き、鬼道の手を包むように指を添える。
「私もだ……」
 消え入りそうな声で、けれどもはっきりと呟かれた言葉に豪炎寺は満足げに頷いた。



 グラウンドから聞こえる練習の声が一際大きくなる。
 そろそろ行かないと、いつまで経っても現れない二人に業を煮やしたキャプテンが飛びこんできかねない、と二人とも頭の片隅で思いつつ、あともう少しだけこのままでいさせて欲しいと誰にでもなく願っていた。

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