N.W.D -稲妻11別館-


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傍らにいたいだけ 1


「豪炎寺お姉様っ!」
 授業が終わって既に二十分余りが過ぎた放課後、グラウンドに面した部室棟に向かう豪炎寺を呼び止めたのは、見覚えのない生徒だった。
 自分のことをお姉様と呼ぶからには後輩なのだろうと豪炎寺はぼんやり考える。そして、それはわざわざ確認するまでもなく、学年カラーを示すリボンの色を見れば明らかで、正直面倒だと思った。
 今日は、生徒会執行部の集まりがないことを昼休みに聞いていたから、久々に彼女とサッカーできるのだ。
 一年生のときから、長い雷門女学園の歴史にあって歴代随一の才媛と誉高かった同級生の鬼道は忙しい学園生活を過ごしていたが、二年になり生徒会長に選ばれてからは、尚一層の多忙を極め、最近はサッカー部の練習に出てこられる日が限られていた。
 そんな彼女と一緒にボールを蹴られる貴重な時間をこれ以上無駄にしたくはなかったが、下手な対応をして詰まらない事態を引き起こすのも面倒だったので、豪炎寺は歓迎していないという表情は崩さないまま、それでも足を止めた。
 そんな仏頂面の豪炎寺を見ても呼びとめた女生徒に気にした素振りは見られない。
 本人だけが知らなかったが、豪炎寺の仏頂面は大多数の生徒からはクールビューティーと評されていたのだから、それも当然だった。
「何か……」
 用だろうか、と続けようとした豪炎寺の言葉は突き出されるように差し出された包みによって遮られる。
「あの、」
 鮮やかな黄色の包装紙に深いブルーのリボンの組み合わせは雷門サッカー部のユニフォームカラーと同じで、一瞬だけ豪炎寺の口許が綻ぶ。
「これっ!」
 誰が見てもプレゼントであることは疑いようがなかったが、ただ、何故プレゼントされるのか分からず、豪炎寺は反応に困って、俯いたままの彼女の頭頂と包みを交互に見やった。
「お姉様に使って欲しくて……」
 無言のままの豪炎寺の様子を伺うようにちらりと顔を上げた女生徒と目が合う。期待と不安の同居する瞳に既視感を覚えて、豪炎寺は一瞬躊躇いを覚えた。
 プレゼントの類は基本的に一切受け取らないことにしていた。誕生日やバレンタインなどになると、一方的に机の中に忍ばされていることもあり、そういったものは鬼道の伝で寄付などに回すことにしていたが、面と向かって来られたものは一部の人間を除いて、全て丁重に断っていた。そうしないと、由緒正しいお嬢様学校であっても、人の交友関係を勝手に面白可笑しく吹聴する輩が少なくはなかったことと、プレゼントぐらい受け取ってあげればいいだろう、と口では言いながら気にしている彼女の心を煩わせたくはなかった。
「悪いが……」
 だから、彼女の瞳に混じる色に気づきながらも、豪炎寺はすっかり馴染んだ断りの台詞を口に乗せて、この場を後にしようとした。
「鬼道先輩に義理立てされてるんですか?」
 しかし、普段ならここで終わるはずの事態は、彼女の言葉によって望まない形で続けられることになる。
「お二人はお付き合いされているわけではないですよね……」
 なかなか気の強い子だったらしい。豪炎寺に向かって、こうもはっきりと鬼道との仲を聞いてきた人間はこれまで皆無だった。
 このままやり過ごそうにも彼女に引く気は一切ないらしい。
「貴女にそれを教えなければならないのか?」
 厳しい表情のまま咎めるように発せられた豪炎寺の言葉に彼女はびくりと僅かに身を震わせたが、それでも気丈に口唇を噛み締めて、視線は逸らそうとしない。
 その負けん気は嫌いではなかった。ことがことでなければ好ましいと思ったかもしれない、と思うと少し残念な気もした。
「どうして、お姉様は鬼道先輩の傍に収まってしまっているのですか。お姉様だって充分にトップに立てる方なのに!」
 それに、それに……。
 続く言葉は噛み締めた口唇に遮られて音にならなかったが、彼女が言いたいことは豪炎寺にも分かっていた。豪炎寺がどれだけ鬼道を最優先しようと、彼女にとっての一番は豪炎寺ではないのだ、とそんなことは赤の他人に指摘されずとも承知している。
 しかし、豪炎寺は彼女が知らない事実も知っていたから、そのことは全く気になるものではなかった。
 学園の頂点に立つ女帝とも言うべき鬼道が一年の音無春奈を溺愛しているというのは学園の生徒なら誰だって知っていることだったが、彼女達が血の繋がった実の姉妹であることは公にされていない。鬼道が伏せている事実を態々、無関係の人間に教える義理は豪炎寺にもない。
「私、悔しいんです!鬼道先輩が凄いことは分かっています。でも、豪炎寺お姉様だって劣るところなどないのに…」
 昨年の生徒会長選挙では、鬼道同様に豪炎寺にも出馬の打診があちこちからあったが、それを断ったのは豪炎寺自身だった。自分は上に立つような人間ではないし、何より鬼道と対立するなど考えるまでもなかった。
「ありがとう」
 豪炎寺は複雑な笑みを浮かべて、女生徒の肩に手を置いた。
「でも、私は今に満足しているから」
 いいんだ。
 そう言って、綺麗な笑みを浮かべた豪炎寺に彼女が声を失っている間に、豪炎寺は話は終わったとばかりに足早にその場を後にした。

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