N.W.D -稲妻11別館-


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残念すぎる豪炎寺さんばかりです。 7


「鬼道、頼みがある」
 このPKを外したら試合が決まってしまう、まるでそんな緊迫した状況に向き合っているかのように真剣な豪炎寺の表情に鬼道は思わず息を呑んだ。
 豪炎寺がこんな風に頼みごとをしてくるなんて珍しい。基本的に無理難題を口にすることが少ない男だったから、ベッドの上ではときに鬼道の羞恥心が是の返事を口にすることを拒むような言動を見せることはあったが、それはまた別の話として、豪炎寺の願いを鬼道が無下に断ることなんて皆無に等しかった。それは豪炎寺だって十分知っていて尚、この緊張感としたら、余程の内容なのだろうと、知らず鬼道の手にじわりと汗が浮かぶ。
「なんだ」
 いつも通りに返事をしようと思っていたのに失敗した。豪炎寺の緊張が伝染ってしまったようで声に硬さが混じる。
「オレで叶えられることなら」
 聞いてやる、と鬼道がからからに渇いた喉から声を絞り出すようにして最後まで言い切る前に、豪炎寺が動いた。
「……っ」
 豪炎寺が強く鬼道の身体を抱き寄せたのと鬼道の肩がぴくりと震え、全身に強張りが広がったのはほぼ同時で、けれども、洋服越しに感じるとくんとくんと波打つ豪炎寺の鼓動と、後頭部を撫でるいつもと変わらぬその手の感触に、ゆるゆると緊張が解されていく。
「……鬼道」
 自分のことより人のことばかりだ、こいつは。躊躇いがちに発せられた声にじくりと胸が痛む。
 頼みがあると口にしたのは豪炎寺の方なのに、自分の方がこうやって甘やかされてしまっている事実に悔しささえ覚え、鬼道は顔を上げた。
 他人から見たらほとんど分からないだろうポーカーフェースの下に滲む、何かに耐えるような苦しげな表情に、そっと頬に手を這わす。
「さっきの言葉、訂正する」
 両頬を包み込むように手を添わせ、鬼道は真正面から豪炎寺の瞳を見つめた。吸い込まれそうなほど深い漆黒に映る自分自身に、同じように自分の瞳にも豪炎寺だけが映っていると思うと言いようのない快感がぞわりと背に奔る。
 それは紛れもない独占欲で、そんな自分を昔は認めることができなかったが、付き合いの長さに加え、鬼道自身も大人になったということだろう。気づけば、そんな己の矮小さも含めて、目の前のこの男を好きだと思えるようになっていた。
 鬼道の言葉に否定の意を取ったのか、豪炎寺の瞳が微かに揺れたのを見て、鬼道はふっと口許を緩める。
「おまえの頼みぐらい聞き入れらてないと思われてるんだとしたら……心外だな」
 瞼を伏せ、こつんと額を押し当てた。掌と額の両方からじわりと伝わる豪炎寺の体温が心地好い。
 遠慮せずに言え、と半分強請るように口にした鬼道に豪炎寺は二度ほど瞬きを繰り返してから、ああ、とほっとしたように息を吐き出した。
「結婚式をあげたいんだ」
 最初に聞いたときは思わず耳を疑った。
 だが、真っ直ぐに見つめてくる豪炎寺の双眸が、鬼道の聞き間違いでも冗談でもないことを明確に告げる。
「結婚が無理なことは分かっている。ただ、形を真似るだけでもいい。二人だけでひっそりとで構わないから」
 鬼道と結婚式がしたい。
 豪炎寺がそんな風に思っていたなんて思いもよらなかった、と鬼道は驚きに目を見張り、けれども嫌だとは微塵も思わなかった。
 かつてイナズマジャパンの司令塔、天才ゲームメイカーと言われ、今尚、各方面から高い評価を受けている鬼道の優秀な頭脳は即座に豪炎寺の願いを叶えるべく、手配の算段に入る。
 そのときにはこんなことになるなんて思いもしなかったんだ、と鬼道は自分の手腕の優秀さに半ば自棄になりながらも心中で悪態を吐いた。
 参列も神父もいらない、ただ鬼道に誓いたいだけなんだという豪炎寺の言葉に、だったら別に式なんて上げなくてもいいんじゃないかと一度は返した鬼道だったが、形も大事だと主張する豪炎寺の意を組んで、教会を貸し切る手配とタキシードだけは誂えることにした。
 最初はドレスを着せたがった豪炎寺も確かに聞いてやるとは言ったが、それとこれは別問題だ、と一歩も引かぬ構えで拒絶する鬼道に、流石に無理が過ぎたかと妥協を示したので安心してしまっていた。採寸だけは二人揃って行ったが、それ以降は互いのスケジュールの都合もあって、仕立てはバラバラに、それぞれの予定に合わせて行ったのに加えて、鬼道はある意味、懇意にしているテーラーの腕とセンスを信頼していたのでデザインなどに口を挟まなかったのだが、それが失敗だったのか、と目の前の現実に頭を抱えそうになる。
「どうだ、鬼道」
 自分で言うのもなんだが、意外と似合っていると思うんだ、と普段通りの表情でそう口にした豪炎寺に人払いをしておいて本当に良かったと鬼道は心の底から己を褒めた。
「一人で着られるようにしてもらうのに、随分無理を言ってしまったんだが、流石は鬼道が推薦しただけのことはある」
 まあ、本当に本格的に作ってもらったら、そうはいかなかったんだろうけどな、と笑う豪炎寺の姿は確かになるほど、珍しく自分で自身の容姿について言及するだけあって、悔しいかな似合っていた。整った顔立ちは元々綺麗だと思っていたが、そういう格好をされると余計に引き立つのだということを思い知らされた。
 しかし、どうしてその衣装なんだ、と鬼道は呆れとも諦めとも違う複雑な感情が綯い交ぜになった溜息を一つ大きく吐き出して、豪炎寺と名を呼んだ。
「なんだ?」
 向けられる爽やかな笑顔はいつも通りの鬼道が好きな表情の一つで、それだけで、つい絆されてしまいそうになる。
「どうしてウエディングドレスなんだ」
 声を荒げなかった自分を誰か褒めてくれ、とらしくないことを考えながら、鬼道は力なく目の前の現実を受け入れる。答えは聞かなくても分かってしまった自分に呆れつつ、悔しいけれど似合っているなんてそんなことは絶対に言ってやるものかと胸中で誓った。

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