N.W.D -稲妻11別館-


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残念すぎる豪炎寺さんばかりです。 1


 豪炎寺さんがお部屋でお待ちですよ、というメイドの言葉に、鬼道はああ、と小さく頷いて自室へ向かった。
 今日は約束をしていたが、していなかったとしても、鬼道邸のメイドとすっかり顔馴染みとなった豪炎寺は、いつからか、こうして鬼道が不在であっても自由に鬼道の自室に出入りするようになっていた。メイド達がそんな豪炎寺の存在をどのように受け止めているのか尋ねたことはなかったが、豪炎寺の来訪を告げる様子から少なくとも好意的に受け入れられてはいるようなので安堵していた。
 自然と自室に向かう歩調が速まっているのに気づき、苦笑する。
 豪炎寺との付き合いも短くはないというのに、彼と逢えることに対する喜びは何年経っても薄まらないばかりか、互いに忙しくなりなかなか逢えなくなってからはより一層増した気さえする。
「すまない、」
 待たせたな、と年甲斐もなく浮き立つ心のまま弾みそうになる声をどうにか抑えて、自室のドアに手をかけた鬼道は、けれども視界に飛びこんできた光景にバタンと些か乱暴に閉め直してしまった。
「鬼道……?」
 ドア越しに聞こえるのは紛れもなく豪炎寺の声で、だからこそ先ほど見た光景は何かの間違いだと誰かに言って欲しかった。
 しかし、広い廊下には鬼道の他には誰もいない。
「鬼道?」
 どうしたんだ。
 いつまで経っても部屋に入ってこようとしない鬼道に対し、豪炎寺の声に訝しがる響きが混じる。
 ドアノブが回されるのを視界の端に捉えて、鬼道は咄嗟にノブを力一杯抑えこんだ。
「開けるなっ!」
 部屋の中にいるのが鬼道ならば、別段おかしな絵ではなかったかもしれないが、廊下にいる人間が中にいる人間にドアを開けるなとは、なんて滑稽な話だろうと思った。しかし、万一にもメイドの一人がやってきたらと思うと気が気ではない。それを怖れるなら、ひとまず鬼道がさっさと部屋に入ってしまえばいい話ではあったが、先ほど目にした光景の衝撃に、鬼道自身、やや冷静さを欠いているのは否めなかった。
「ちょっと待ってくれ」
 豪炎寺……。
「構わないが」
 常になく焦りを隠せぬ鬼道の口調に、豪炎寺は驚きつつも納得したのか、ノブにかけられた手が離れたのを感じて鬼道はひとまずほっと息を吐き出した。
 落ち着け。
 落ち着くんだ、鬼道有人。
 然ながら、一点を追うロスタイムであるかのような緊張感を伴って、鬼道は現状を把握しようと試みた。
 しかし、天才ゲームメイカーと呼ばれた彼の優れた頭脳をどれほどフル回転させようとも、先程見た光景に対する合理的な説明は何一つ浮かばず、鬼道は半ば思考を放棄してドアノブに手をかけた。
「何かあったのか?」
 それは単純に約束の時間よりも帰宅が遅れたことに対してではなく、寧ろ部屋に入る前に何かあったのかという問いかけであり、言葉だけを聞いている分には、いつだって鬼道のことを気にかけている豪炎寺らしいものであった。
「いや……」
 鬼道が在宅しているときは、基本的に呼ばない限りメイド達が此方に来ることはなかったが、それでも絶対と言うことはなかったので、鬼道は身体を滑りこませられるギリギリの幅だけドアを開くと素早く部屋に入った。
「それならいいんだが」
 返される言葉はいたって普通、寧ろホッとした様子の口調は鬼道の身を案じる以外の何物でもなく、何か悪いものを食べたか頭を打ったかという可能性はどうやら否定されたらしいという事実に、けれどもそうであったならばどれほど救われたことかと、正面を直視する勇気がなく、鬼道は俯き気味に床に視線を彷徨わせた。
「お帰り、鬼道」
 お疲れ様。
 自分だって忙しい身の上のはずなのに、そんなことは微塵も感じさせない優しい言葉に、さっき見たのは錯覚か幻覚だったんじゃないだろうか、いやきっとそうに違いない、最近スケジュールが立てこんでいたから自覚はなかったが疲れていたんだ、と鬼道は自分に言い聞かせると思いきって顔を上げて、そして後悔した。
「豪炎寺……」
「なんだ?」
 きょとんと首を傾げてみせる仕草が少し可愛く見えたなんて、絶対に言ってやるもんか。
 鬼道は呆れなのか怒りなのか分からない感情に拳を震わせながら、はっと窓に目を向け、カーテンがしっかりと引かれていることに安堵の息を漏らした。仮にカーテンが開けられていても、敷地の外から覗けたりはしないのだが、それでも何があるか分からないのが世の中というもの。万が一にも通行人から変質者がいるなどと通報されでもしては鬼道の家の名折れである。
「その恰好は、どういうことだ」
 別に初めて見るわけではないし、今更豪炎寺の裸体に頬を染めたりはしなかったが、それも時と場合に依る。
「ああ、最近ハマってるんだ。楽でいいぞ」
 鬼道もさっさとそんなスーツ脱いだらどうだ。
 どうだ、と言いながら、豪炎寺の手は鬼道の了承を待たずにスーツを脱がしにかかり、鬼道は軽い頭痛を覚えながらも上着を脱がせ終えた後、シャツのボタンにかけられた手をぺちと払いのけた。
「豪炎寺」
 じろりと睨みつける鬼道の瞳に、ん?と疑問符を浮かべる豪炎寺が映る。
「そこに座れ」
「そこって、ここか?」
 質の良い絨毯の敷かれた床を見下ろして尋ねる豪炎寺に、鬼道はこくりと頷くと、正座でな、と付け加えた。
 反論は受け付けない、と鬼道の瞳が言っていたので、豪炎寺はわけが分からないまでも正座ぐらいたいしたことなかったので、素直に腰を落とす。足の裏で感じていたのとは違う柔らかな感触が擽ったくて、僅かに身じろいだが、不快感はなく、どちらかというと心地好いぐらいだったので、窮屈そうに身を縮こませながらも、豪炎寺はほぉと息を吐き出した。
「鬼道?」
 座ったぞ。
 一方で、豪炎寺の声に視線を落とした鬼道は、自身の判断が誤りだったことに再び軽い眩暈に襲われた。
 正座させたことにより、豪炎寺を見るために視線を落とすと否が応でも視界に剥き出しの股間が容赦なく飛びこんでくる。流石に勃ってはいなかったが、もしこの状況で勃てていようものなから自分がどんな行動を取ってしまったか鬼道自身にも予想できなかったが、明るい室内で全裸で正座しているある意味間抜けな恋人の姿に、鬼道は酷く疲労感を覚え、今すぐベッドに潜りこみたい衝動に駆られた。
「鬼道?」
「……寝る」
 シャワーも浴びずに、と思考の端で理性の部分が咎める声が聞こえたが、聞こえないふりをする。
 ちらりと豪炎寺を一瞥し、鬼道はさっさとベッドルームに向かって歩き出した。
「え、鬼道?」
 流石に予想外だったのか、呆気にとられた豪炎寺の目の前でぱたんとベッドルームに通じるドアが閉められる。
「やっぱり何かあったのか?」
 少し心配そうに呟いて、豪炎寺は立ち上がった。
 どうして正座させられたのかは分からぬまま、まあ重要なことだったなら、明日にでも説明してくれるだろうとあっさり結論付けると、部屋の照明を消し、鍵のかかっていないベッドルームのドアに手をかけた。
 ベッドサイドの読書灯の明かりだけがぼんやりと室内に浮かび上がる中、メイドの手によって丁寧にベッドメイキングされたシーツの上に上着だけ脱いだ状態で寝そべる鬼道のシャツにいそいそと手を伸ばす。ボタンを外す指も今度は振り払われなかった。
「鬼道」
 肌蹴たシャツの下、少し汗ばんでいる胸許に指を這わせながら、耳許に顔を寄せて囁くようにその名を呼ぶ。
 本当に寝ているのかと思ったが、なんだ、と少し不機嫌そうな瞳が押し上げられた瞼の下から豪炎寺を見つめ返した。紅玉の瞳はオレンジ色の明かりに照らされて、いつもより赤みが増して見えた。
「したい」
 器用な手つきでシャツのボタンを全て外してしまうと、そのまま豪炎寺の手は下に移動し、ベルトにかけられる。
 ムードも何もあったもんじゃないな、と鬼道は内心で溜息を吐き出して、けれどもそんな恋人に愛想を尽かせない自分に諦めたように両手で豪炎寺の身体を引き寄せた。
「その気にさせられたらな」
 首に手を回し、耳許でそう囁くと、くすっと豪炎寺が笑ったのが分かった。
「任せろ」
 実に頼もしい返答と一緒に口唇が重ねられ、期待している、という鬼道の言葉は口中に呑みこまれた。

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