N.W.D -稲妻11別館-


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十代最後の夏に


 窓の外には真夏の空が広がっていた。
 一度、マンションを階下に降りれば聞こえてくる、思わず耳を塞ぎたくなるような蝉の大合唱も上階に位置しているこの部屋まではほとんど伝わってこない。
 クーラーの効いた室内だけは外の暑さも無縁の存在だった。
「鬼道っ……」
 まだテストが終わっていないから相手はできないと予め伝えてあるし、むしろ伝えていなくても互いのスケジュールは共用のカレンダーにしっかりと記入してあるのだから、一足先に夏休みを迎えたのなら、何も此処でゴロゴロしなくてもいいだろう、と一つ溜め息を吐き出してから、鬼道は、なんだ、と振り返った。
 大学生になって互いに実家を出た当初はお互いの家を往復していたが、気づけば家に帰るよりも鬼道のマンションにいる時間の方が長くなっている豪炎寺に家賃が勿体ないから此処に住めと言ったのは鬼道の方だから、家の中に恋人の気配があることに不満があるわけではなかったが、流石にまだ休みを迎えていない身としては一人先に気楽な生活を満喫している姿を見せつけられると、若干苛立ちを覚えるのは仕方がない、と自身を正当化して、豪炎寺をじろりと睨みつけた。
 けれども、付き合いも中学二年生からとなれば、ちょっとやそっとで豪炎寺が動じるはずもなく、鬼道の不機嫌なんて何処吹く風で、オレたち、と雑誌から顔を上げた。
「今年が、十代最後の夏だ……」
 学校の友人から渡されたらしい雑誌は、夏レジャーがテーマだったらしい。
 珍しいものを熟読していると思えば、何を今更、と少しだけ呆れの混じった口調で、鬼道は、違う、と首を振った。
「……?」
 鬼道の否定に豪炎寺がきょとんと首を傾げる。
「オレは早生まれだから」
 時々見せるそんな表情が実は堪らなく好きだなんて素直に言ってやるつもりは微塵もなくて、椅子から立ち上がった鬼道は、たった数歩の距離をあっという間に詰めると、豪炎寺の耳許に顔を近づけた。
「鬼道?」
 この国の大半の人間が同じ色の瞳をしているのに、こんなに綺麗だと思う相手はそうはいない、と思いながら、鬼道は豪炎寺の耳朶にそっと口唇を寄せる。
「残念ながら、来年も」
 十代だ、とぺろりと柔らかな皮膚を舐めあげるように食んで、舌先で表面を擽った。
「きっ、鬼道っ……!」
 豪炎寺の口から上がる焦り声に、満足そうに口角を歪めると、あと一時間で終わるからもう少し待て、と恰も飼い主がペットに命じるが如く、けれどもその表情は誘うように妖艶で、豪炎寺は思わずごくりと唾を飲み込む。
「十代最後の夏を二回体験できるなんて、オレたちは運がいい」
 ニヤリと笑って、再び机に向き直った鬼道の背中を暫し呆然と見つめていた豪炎寺は、かたかたとリズム良く響くキーボードの音に我に返ってはぁ、と一つ大きく息を吐き出した。
 一時間、と明言したからにはきっちり一時間で終わらせるつもりであることを疑うつもりは欠片もない。
 終わったときにタイミングよく美味い珈琲を出してやれるように準備するか、と豪炎寺は苦笑しながらのそりと立ち上がった。中途半端に期待させられた責任はしっかりその身体で払ってもらうからな、とすっかり作業に集中している後ろ姿をもう一度眺めた豪炎寺は、胸中で呟くと、鬼道の集中を邪魔しないように足音を忍ばせ、静かにドアを開ける。
 リビングから芳ばしい珈琲の香りが漂ってくるのに気づいた鬼道が頬を緩ませるのは、きっちり一時間後の話である。

 ※中の人のtwitterでの呟きを元にしているため、誕生日は中の人に準じています※

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