N.W.D -稲妻11別館-


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鍋ブレイク!


「なあなあ、もういいんじゃないのか?」
 初めて出会ったときからほとんど変わらぬ瞳の輝きのままに見つめてくる円堂の様子に、あれこれと準備のために動き回っていた豪炎寺と鬼道は顔を見合わせると、どちらからともなく、くすりと笑みを零した。
「もうこっちの片付けが終わるから、もうちょっとだけ待ってろ」
 大学生男子の一人暮らしには少々贅沢な造りのマンションは、簡素な造りとは言え、キッチンとダイニングがカウンターバーで区切られており、下拵えに使った皿や器具を洗いながら、鬼道が急かす円堂を諌めるように声をかけた。
「片付けなんて後でもいいだろう」
 不満そうに口を尖らせた円堂に、菜箸を手にした豪炎寺が、洗えるものは先に洗っておいた方が食後がゆっくりできるだろ、と宥めるように言うと、鍋の具とは別に用意しておいたスープの中の肉団子を円堂の口に放り込んだ。
「あ、あふっ」
 一口サイズとは言え、特に冷ますことなく無雑作に丸のまま放りこまれた肉団子は、それ自体の熱さに加えて、条件反射のように噛みしめてしまったことで、滲みだした肉汁が口の中に溢れて、円堂は何と言っているのか全く聞き取れない音を発しながら、一生懸命味わってから呑みこんだ。
「美味かった!」
 満面の笑みを浮かべる円堂に豪炎寺が、鍋を整える手を休めて満足そうに笑う。
 円堂が肉団子と格闘している間に準備万端となったのか、鬼道もキッチンから出てきて、豪炎寺の横、円堂の向かいに腰を下ろした。
 冬はやっぱり炬燵だよな、という円堂の希望に従ったわけでもなかったが、一人暮らしのはずの鬼道のマンションには決して小柄とは言えない青年三人が入っても不都合のない一般的な家庭用の立派な炬燵が用意されていた。鬼道自身は普段はあまり使うことがなかったが、頻繁に訪れる友人たちのために冬場は、ダイニングテーブルが部屋の隅に寄せられることで、この炬燵が部屋のほぼ中心にその存在感を強く主張する。
「本番はこれからだぞ」
 もう一つ、と次の肉団子に今度は自分の箸を伸ばした円堂を窘てから、鬼道は、変わろうと、豪炎寺に手を出した。
「いや、オレがやるから、おまえはもうゆっくりしろ」
 豪炎寺はふるりと首を振り、鬼道を制すると同時に、待ちきれないと期待に瞳を輝かせる円堂に、ほら、と縁ギリギリまで装ってやったお碗を差し出した。
「サンキュ、豪炎寺」
 二十歳を超えているというのに、その笑顔は中学生だった頃とほとんど変わらない。嬉しい楽しいといったプラスの感情を明け透けなく伝えてくる円堂に、豪炎寺だけでなく鬼道もふわりと表情を緩めた。
「鬼道もほら」
「ああ、悪いな」
 はふはふ、と熱さに顔を顰めつつもがっつくように碗の中身を空けていく円堂に倣ったわけではないが、相変わらず口数の多い方ではない豪炎寺と、必要があれば幾らでも饒舌になる一方でそうでなければ沈黙をまるで気にしない鬼道の二人もしばし食べることに集中するように箸を動かした。
 一度、食べ物を口に入れてしまうとそれまで意識的に切り離していた空腹感が刺激され、箸を動かす手のスピードが一層上がっていく。最初に豪炎寺が装った碗の中身がなくなるまで、しばし三人は会話することよりも咀嚼するためだけに口を動かした。
「鬼道の料理、やっぱり美味いよな!」
 碗の中身をすっかり空にした円堂が、にかりと笑ってそう褒めると、料理に限らず賛辞に慣れているはずの鬼道が、鍋なんだから、と照れたように顔を逸らす。
「でも、出汁から作ったんだから、相当なもんだと思うぞ」
「え、これって鍋の素とかじゃねぇの?」
 豪炎寺の言葉に円堂がさらに驚いたように鬼道を凝視した。
「ああ、今日は時間があったからな」
 ほんのりと頬を赤く染めた鬼道が何でもないことのように言うと、やっぱ鬼道はすげぇなと円堂の口から感嘆の声が上がる。
 碗の中に最後に残っていたたらの切り身をゆっくり咀嚼しながら、豪炎寺は胸中で嘘をつけ、と小さく溜息を零した。
 時間があったなんて平然と口にしているが、今日の集まりのために随分無理をして時間を捻出したのを豪炎寺だけは知っていた。
 それぞれ進路が分かれてしまった今、鬼道は学業の傍らで本格的に養父の跡を継ぐため、関連会社での業務にも携わっていた。豪炎寺は他の学部と違い六年制という特殊性のため、学業も忙しいことは忙しかったが、まだ自由になる時間もそこそこあったが、卒業を来年に控えた鬼道はずいぶん忙しいようだった。だが、久しぶりに三人で集まりたい、と円堂に言われたら、何を置いてもその時間を大事にしたいと思っているらしい鬼道を制する術は豪炎寺にもなく、ただ睡眠時間を削って無茶をしがちな鬼道を寝かしつけるために、約束も何もなく押しかけてはベッドに押しこめるのが精々で、別に今更円堂に対して妬いたりはしなかったが、少しばかり釈然としないものを胸に抱きながら、碗に口をつけた。
 じわりと口中に出汁の味が広がる。
 文句なしに美味かった。
「装うぞ」
 ほら、寄越せと出された手を見下ろしてから顔を上げると、豪炎寺の胸中なんてすっかり見通しているかのように、余計なことは言うなと言わんばかりの視線にぶつかった。
「ああ、悪い」
 素直に碗を差し出した豪炎寺に鬼道はふっと表情を和らげる。
「ありがとう、豪炎寺」
 手伝ってもらって悪かったな、と付け加えられた言葉は鍋の準備を意味していたが、前半の言葉がそれだけを意味しているわけではないことは鬼道の表情が告げていた。
「気にするな」
 鬼道の熱が移ったわけではないと思いたかったが、頬に炬燵と鍋のせいばかりではない熱さを感じて、豪炎寺は鍋に視線を落とした。

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