N.W.D -稲妻11別館-


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プレシャス・タイム 16


 とくり、とくり、と杯に注がれる透明の液体。
「ああ、そのぐらいでいいよ」
 もう随分と盃が進んでいることもあって、普段よりも機嫌の良さそうに勝也が目を細める。
「はい」
 傾けていた徳利を起こした鬼道は、ぐいと猪口に口を付けた勝也の横顔を見やって、ほぉと小さく息を吐いた。
「父さん」
 二人の前でそのやり取りをずっと黙って見ていた豪炎寺が、ちらりと壁に掛けられた時計に視線を向けてから、ふぅと息を吐く。
「オレたち、明日も練習があるんだ」
 その辺で鬼道を解放して欲しい、と表情を変えずに言った息子の声に勝也は、むすりと口を引き結ぶとことんと杯をテーブルに置いて、鬼道を見た。
 臍を曲げたときの豪炎寺とそっくりの表情をそこに見つけて、鬼道は苦笑を堪えながら、すみません、と小さく詫びる。
「たまにしか帰ってこないのに、ゆっくりもさせてくれないとはな……」
「近いうちにまた寄らせてもらうので」
 すみません、ともう一度頭を下げた鬼道の手を待ちきれないというように豪炎寺がぐいと引いた。
 こら、と僅かに咎めるような色を含んだ鬼道の視線に、豪炎寺は小さく肩を竦める。
「とにかく、今夜は代表の練習場がこっちからの方が近かったから帰ってきただけだから、また来るよ」
 豪炎寺の言葉に不満があるのか、むぅと顔を顰めて、有人君も一緒だぞ、と言った勝也に今度こそ鬼道が苦笑した。
「分かったから、もういいだろう」
 行くぞ、と父親を振り返ることなく鬼道の手を引いた豪炎寺に、少しよろめきながらあとに続いた鬼道は勝也を振り返り、すみません、と三度目の詫びを口にした。
「有人君」
 酔っているとは思えないしっかりとした勝也の声に、手を引かれながらも鬼道は足を止める。
「迷惑をかけることも多いと思うが、修也のこと」
 よろしく頼む、と豪炎寺とよく似た瞳に見つめられて、鬼道ははにかむように頬を染めて、はい、と頷いた。
 豪炎寺はその言葉が聞こえていないはずはないのに背を向けたまま振り返ろうとはしない。繋いだ掌がじわりと温かくなったから、きっと照れているのだろう、と鬼道は小さく口許を綻ばせた。
 ぱたん、とリビングに通じるドアを閉め、昔とほとんど変わらぬ豪炎寺の自室に足を踏み入れた途端、ぎゅっと鬼道の身体が二本の腕に抱き締められる。
「こら」
 先刻と同じ言葉を口唇に乗せた鬼道は、けれどもくすくすと笑いながら、豪炎寺の頭をぽんぽんと撫でる。
「どうしたんだ?」
 何を拗ねてるんだ、と鬼道が顔を覗きこむと、父さんが、とぼそりと豪炎寺は口を開いた。
「鬼道のこと、ゆ、ゆ……」
 有人と言いたいのに舌は豪炎寺の意思を無視して、たった三文字の言葉さえも音にしてはくれない。だが、豪炎寺が何を言いたいのか悟ったのか鬼道がくすり、と口許を緩ませた。
「ゆっくり待ってるから、いつか呼んでくれ」
 修也、と耳朶に触れるか触れないかギリギリの距離で囁いた言葉に、豪炎寺の顔色がぼっと赤くなる。
「たまには、な」
 くすくすと笑う鬼道の楽しげな様子に、豪炎寺は肩に顔を押しつけると、ぎゅっとその身体を強く抱きしめ直した。

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