N.W.D -稲妻11別館-
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Clapプレシャス・タイム 15
爽やかな風が束ねていない髪をさわさわと揺らす。
澄んだ青が眩しい空を仰ぎ見て、鬼道はゆるりと口許を綻ばせる。
世間に遅れて得た休暇は、残念ながら連休というわけにはいかなくて、遠出をすることもままならなかったが、それでも二人揃っているだけでも十分だ、といまだ寝室で寝こけたままの恋人を思いながら、止めていた手を再び動かした。
パンパンと小気味良い音を立て、水気の切れたタオルを伸ばして竿に干す。
普段は業者に預けてしまうことも多かったが、たまには自分で洗って干すのも悪いものではないな、と滅多に使わない物干し竿を見遣って、鬼道は小さく笑みを零した。
ガラリ、と背越しに網戸が開く音がしたが、鬼道は振り返らない。そこにいるのが誰かなんて確認するまでもなかったから、洗濯物を干す手を休めず、次のシャツに手を伸ばした。
「おい……」
ハンガーに首元を潜らせて、竿にかけたところで、鬼道は腹に回された腕をぺちりと叩く。
「動きにくい……」
呆れたように言った鬼道に構わず、豪炎寺はぐり、と頭を鬼道の背中に押しつけた。
「起きたら横にいないのが悪い」
下ろしたままの髪の毛は昔と違って柔らかいままで、少し物足りなさも覚えたが、反面、性格まで柔らかくなったのか甘えるように口にした豪炎寺の拗ねた口調に鬼道の笑みが深まる。
「仕方ないだろう。こんないい天気なんだ。いつまでも布団の中なんて」
勿体ないだろう、と振り返った鬼道の目が優しく細められているのに、けれども、豪炎寺はむすりとした口許を緩めようともせず、関係ない、と言い返す。
「鬼道が横にいないことの方がオレには重要だ」
言葉に合わせたようにぎゅっと強くなる腕の拘束。
鬼道は、やれやれと小さく肩を竦めると、首だけ捻じ曲げて豪炎寺と瞳を合わせた。
「子どもの頃の方が物分りが良かったんじゃないか?」
「他はともかく、鬼道に関しては我慢しないことにしたんだ」
昔と違って、いつでも一緒にいられるわけではないからな、と鬼道が呆れた声を上げる前に付け加えられた言葉。
大人になって一緒に住むようになって、けれども豪炎寺が言うように二人でいられる時間は確かに減っていた。
お互い、社会に対しての責任が付き纏う年齢になって、互いばかりを優先させるわけにはいかなくなっていた。
「そうだな……」
鬼道も少し寂しそうに笑って頷く。
「だが、洗濯物を干す時間ぐらいは待ってくれ」
な、と子どもをあやすように額に一つ口付けを落として、鬼道はするりと豪炎寺の腕から抜け出した。
楽しそうに残りの洗濯物を干す様子に、仕方ない、と豪炎寺は溜息を一つ零すと、手伝う、と横から手を伸ばした。
え、と少し驚きを見せた鬼道に、そんなに驚かなくてもいいだろう、と豪炎寺が笑う。
「一人より二人の方が早いだろう?」
「ああ、それはそうだが……」
こくりと頷いた鬼道の耳朶に豪炎寺が、さらに口唇を寄せた。
「早く鬼道をベッドに引きずりこみたいからな」
爽やかな空気には似つかわしくない熱の籠もった豪炎寺の声に、鬼道の眉がピクリと動く。
まったく、と音にならない呟きが漏れたのに、豪炎寺がにやりと口唇の端を持ち上げて返した。
数分とかからずにカゴの中の洗濯物は全て干されて、さわさわと風に揺られて気持ち良さそうにはためく。
ピシャリと閉じられた網戸の内側で二つの影がゆっくりと重なったのを見ている者は誰もいなかった。
「おまえ、せっかちすぎる」
洗濯物を入れていたカゴを足元に転がすように放り出した豪炎寺に、鬼道が少し呆れたように、けれどもくすくすと笑みを零して、首に腕を回して耳朶に口唇を寄せる。
豪炎寺の腕はしっかりと鬼道の身体に回されていて、もう逃がさないとでも言わんばかりの主張に、鬼道が目を細めた。
そんな鬼道の口を塞ぐように豪炎寺が顔を傾ける。
仕方ない、とでもいうように鬼道は瞼を伏せ、覆い被さるように重ねられた口付けを静かに受け止めた。
「んっ……」
最初は表面の柔らかな粘膜をなぞるだけの触れ合い。
触れては離れ、時折、舌先で突つくように舐められる。
物足りなくなって鬼道が自分から口唇を待っているかのような戯れに些かむっとしながらも、本当に今朝は子どものようだな、と珍しく甘えを隠さない恋人の様子に鬼道は、頬が緩むのを押さえることなく、首に回した腕に力を入れた。
ぐっと寄せた身体はぴたりと密着し、二人の間の隙間を埋めてしまう。
甘く誘うように薄く開かれた口唇の間からちろりと赤い舌が覗く。
「んんっ……」
鬼道が零した吐息に背を押されたように口付けが深くなった。
口内に押し入った舌が、鬼道のそれを絡め取りながら、口中を蹂躙していく。
「っ……ぁ……」
歯茎の裏を舐め上げられる感触に鬼道が一瞬、眉を顰めたのにも構わず、豪炎寺はそのまま一旦離したした舌の裏側もぬるりと舐める。
一方的にしかけられるのが不満だったのか、そこで鬼道の舌が豪炎寺のそれに逆に絡みつくと、ざらざらした裏側を同じように舐め上げた。
「ふぁっ……」
どちらのものともしれぬ吐息が零れ、飲みきれなかった唾液が口唇の端から伝い落ちていく。
キスだけで緩く勃ち上がり始めていた下腹部を豪炎寺が押し付けるように腰を突き出すと、鬼道の身体がびくりと顕著な反応を示した。
腰を抱いていた腕をそろそろと動かし、服の上から弄るように掌を動かすと、後方へ逃げるように鬼道が身体を引く。
逃がさないと言うように、豪炎寺がぐっと股間を掴む指先に力を入れると、それまで伏せられていた鬼道の瞼が押し上げられ、紅玉のような瞳が恨めしげに豪炎寺を睨み据えた。
「どうした?」
口唇を離し、やや荒い息のままで豪炎寺が問いかけると、鬼道がぺろりと舌で己の口唇を舐めながら、ねちっこい、と誘うように口の端を持ち上げた。
「余裕がないようなことを言っておいて随分余裕だな」
なあ、と鬼道が今度は自分から口唇を近づける。
「……余裕があるわけではないが」
「……が?」
「鬼道にも同じくらい欲しがって欲しい」
重ねられた柔らかな感触を名残惜しげに離しながら、僅かに眉根を寄せてそう漏らした豪炎寺に、鬼道が呆れたように身を離した。
「欲張り……」
オレにここまでさせるのはおまえだけだ、と翳りのない宝石のような瞳がひたりと豪炎寺に当てられる。
逸らすことを許さないという意思の強さを前にして、豪炎寺は、すまない、と小さく呟いて、だが、と鬼道を見つめ返した。
「実際、欲しがっているのはオレばかりだ……」
力ない声に鬼道が、ぺちりとその額を叩く。
「鬼道……」
豪炎寺の声には答えず、鬼道は下ろされたままの前髪に隠された額を昔のように露わにさせて、指のあととにそっと口唇を寄せた。
「別に欲しくないなんて一言も言ってないだろう」
「だが……」
「おまえが寝ている間にベッドを抜け出したのは悪かった。ルール違反だったな」
それは一緒に住み始めたときに半ば戯れで交わした一つの約束。
互いが揃って休みのときは、一緒に朝を迎えたい。
そんな子ども騙しな約束を、けれども、互いに我儘らしい我儘を口にすることなく育ってきたせいで、そんな些細な願い事も自分にだけしか要求されないことだと思えば、鼻先で笑うこともなく今日まで守られてきた。
「あまりにも気持ち良さそうに寝ているから起こすに起こせなくて、でも天気も良かったから、さっさと洗濯を済ませてしまえば、それだけおまえと一緒にいられる時間が増える」
そう思ったんだ。
すまなかった、とあっさりと頭を下げられて、逆に豪炎寺の方が戸惑ったように視線を逸らした。
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