N.W.D -稲妻11別館-


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プレシャス・タイム 14


 かちゃりと鍵を回し、鬼道はゆっくりドアを開けた。
 ただいま、と丁寧に揃えて置かれている自分の物とは違う革靴に目を留めると、たった二日の出張にも拘わらず自宅の匂いが懐かしく感じられて、鬼道は、ほぅと息を吐いた。
 荷物を廊下の床に置き、脱いだ靴を揃えようと身を屈めたところで、背に重みを感じ、おい、と笑い交じりに犯人を咎める。
リビングルームに通じる扉を開ける音も聞こえたし、足音を殺して忍び寄ってきたわけでもなんでもなかったから、近づいてきているのは分かっていたが、そんな行動に出るとは微塵も思わず、鬼道はほんの少し口唇を尖らせて、重いと口にした。
「鬼道が足りない」
 おかえりより先に告げられた言葉。
 ぺたりと張りつかれた背からじわりと伝わる体温。
 ぎりぎりに詰めたスケジュールでの仕事に疲弊していた精神がゆるゆると解れていくのを感じながら、鬼道はけれども呆れたとでも言わんばかりの口調で、昨日の朝、散々貪ったくせに、とぺちりと前に回された腕を叩いた。
「四十八時間前のことなんて、もう忘れた」
 平然と嘘を舌に乗せて、豪炎寺はさらに腕に力を籠める。
「そんな簡単に忘れるほどオレは淡白だったか?」
 首筋に埋められた豪炎寺の頭をぽんぽんと撫でてやりながら、鬼道は意地の悪い笑みを浮かべて、ん、と豪炎寺に囁いた。
「……いいや。だが、食傷することは一生ないな」
 ぺろりとシャツの隙間から覗く日に焼けていない肌に豪炎寺がゆっくり舌を這わせると、鬼道の身体がぴくりと強張る。
「鬼道……」
 耳のすぐ傍で落とされた声が、じわりと鬼道の内に染み込み、精神を揺さぶる。
「なあ」
 いいだろう、とかぷりと甘噛みされて、んっ、と鬼道は甘い声を漏らした。
 その反応に気を良くして、豪炎寺は前に回した手をスーツの下に潜らせる。
 シャツの上から滑らせるように肌をなぞると、鬼道が、おい、とやや非難めいた声を上げた。
「スーツぐらい脱がせろ」
 皺になる、と少し不機嫌そうに言った鬼道に、別にいいだろう、と言いかけた豪炎寺だったが、じろりと鋭い視線を向けられて言葉を飲みこむ。
「職人に対する礼儀だ」
 二着幾らで売っているような機械縫製ではないスーツは、一針一針、職人が丹念に縫い上げたものだ。
 単に値が張るからとかそんな矮小な理由ではなく、仕立ててくれた職人への念を籠めて粗雑に扱うなと声を尖らせた鬼道に、豪炎寺はぐっと黙るしかない。
 ぴたりと止まった手にそっと指を添わせ、鬼道は、ふっ、と口許を緩めた。
 暴走している振りをしても本質的には優しい男だと知っている。
 この手に、熱に飢えていたのは豪炎寺だけではない。
 首だけ捩じ曲げるようにして口唇を近づけた鬼道は、おかえりも言ってくれないのか、と静かに豪炎寺に口付けた。
 掠めるだけのキスと少しだけ拗ねたような響き。
 豪炎寺は悪かったと眉を垂らし、鬼道の身体を抱きしめ直した。
「おかえり。お疲れ様」
「ん……」
 鬼道がその言葉に嬉しそうに目を細める。
 その目許に静かに口唇を落とし、疲労を癒すように優しく触れていく。
 擽ったさに鬼道が身を捩ろうとするのも構わず額に、頬に、キスを降らしていくと、鬼道の指が焦れったいとでもいうように、豪炎寺のシャツを強く引いた。
 そんな接触だけでは物足りないとでも言うように誘うように薄く開かれた口唇に、豪炎寺は逆らうことなく自身のそれを強く押しつける。
 抵抗もなく、ぬるりと押し入った舌が口内を蹂躙するように動く。
「ふっ……」
 鬼道の口から上がる甘い声に誘われるように豪炎寺の熱がさらに上がる。
深く絡められた舌の間からとろりと溢れる唾液。
「っん……」
「ベッド……」
息苦しさに鬼道が身を離したのを合図に、豪炎寺が耳朶に触れるように囁いた。
「いいか?」
 こんな時間なのにと思いながら、相手を欲しているのは鬼道も同じで、熱い息交じりに、ああと頷く。
「シャワーも浴びてないのにな」
 朝、ホテルを出る前にざっと浴びたとはいえ、フライトに揺られた身体は季節外れの陽気に少し汗ばんでいる。
 今更そんなことを思いだして鬼道が小さく肩を竦めると、豪炎寺は構わないとばかりに口唇の端を持ち上げた。

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