N.W.D -稲妻11別館-


IndexTextNotes | Clap

プレシャス・タイム 9


「そういえば、」
 ベッドマットに腰を下ろし、洗いざらしでまだ濡れたままの髪を豪炎寺に任せ、気持ち良さそうに目を細めていた鬼道の言葉に、豪炎寺は特に口を挟むことなく続きを待った。
 ここのところ互いのスケジュールが合わず、こうして揃ってゆっくりするのも随分久しぶりで、恋人の温もりに飢えた身体と持て余し気味の熱を早くぶつけてしまいたい欲求もないわけではなかったが、鬼道の声をただ聞いているだけで渇ききっていた心が潤いを取り戻すのも紛れもない事実で、だから豪炎寺は手の動きは止めることなく静かに、その声に耳を傾けた。
「ほんのちょっと見てないだけだったのに、うちの子たちが随分レベルアップしていたんだ」
 うちの子、と言われて豪炎寺の手が一瞬止まる。
 振り向かせて顔を見るまでもない。
 喜色に満ちたその声に他意はないと分かっていても、あまりいい気分はしないのが本音で、豪炎寺は少し硬い口調でどうにか搾り出すように、そうか、良かったな、と口にした。
「子どもの成長というのは本当に凄いものだな」
 あの頃のオレたちも同じように成長できていたのかと少し心配になってしまったが、と屈託なく声を弾ませる鬼道とは対照的に相槌を打つ豪炎寺の声はやはり冴えない。
「おまえはどう思う、」
 豪炎寺、とそこまで言って流石に鬼道も背中に感じる気配の不穏さに気づいたのか、怪訝な表情で振り向いた。
「豪炎寺……?」
「なあ、鬼道」
 振り向いた鬼道とは視線を合わせず、豪炎寺は耳朶に口を寄せて、ふっと息を吹きかける。
 何を、と鬼道が声を上げる前に、手にしていたタオルを無造作に床に投げ落とし、その身体をぐいと抱き寄せた。
「そんなに子どもが好きなら」
 口唇から零れる熱い吐息が柔らかい皮膚を擽る感覚に鬼道がふるりと身を強張らせる。
「んっ……」
 思わず漏れた声に呼応するように赤く色づく頬。
 その変化を間近で視界に納めながら、豪炎寺はにやりと口許を歪めて囁いた。
「オレと子作りしようか」
 提案の形を取りながら、その実、反論を許さないその声に何をバカなことをと思いながらも、鬼道は魅入られたようにごくりと唾を飲みこんだ。
 男同士で子作りも何もありえないだろうと言ってやりたいのに、熱っぽい囁きによってじわりと体内に生まれた熱がじわじわと鬼道の中を苛む。
「鬼道……」
 耳にしか触れられていないのに、一度意識してしまった熱はもう治まりそうになかった。
「あっ……」
 かぷりと耳朶を柔らかく食まれて上がった声を抑えるように口許に当てた手は、豪炎寺によって掴まれる。
「返事は?」
 そんなの聞かなくても分かっているだろうに、意地悪げに焦らす豪炎寺に、鬼道は熱に潤み始めた瞳を向けて睨みつけた。
「……子作りだけが目的なら」
 自分の言った何かが豪炎寺の琴線に触れたのだということは分かったが、何がそこまで火をつけたのかは分からない。
 けれども産めるはずのない子どもを求めて身体を重ねるなんて真っ平ごめんだと、そんなつもりが豪炎寺にないことは分かっていても、鬼道のプライドが最後の一線を越えることに抵抗を示す。
「オレ以外の、女性にでも頼め……」
 真っ直ぐ揺らがない視線に豪炎寺がはっと息を呑み、そして、その次の瞬間、すまない、と力ない呟きがその口から零れた。
「……子どもが欲しいんじゃない」
 ぽつりと紡がれた言葉。
「鬼道との子どもじゃないならいらない……」
 豪炎寺の心からの本音であろうその言葉に鬼道はくすりと目を細めると、オレもだ、と目の前で項垂れた恋人の頬に掌を添える。
「豪炎寺との子どもだったらオレも欲しかった……」
 叶うはずのない夢物語を口にして、二人はふっと顔を見合わせて、口許を綻ばせる。
「おまえの子どもだったら」
 可愛いだろうと綺麗だろうという二人の言葉が重なって、鬼道だけが少し複雑そうに溜息を吐き出した。
「鬼道?」
「可愛いはおかしいだろう……」
 どれだけ言っても認識を改めようとしない豪炎寺を咎めるように、とんと胸に当てられた拳にも気にした風もなく、事実だ、と真面目に返されて、深々と溜息を吐き出すと、鬼道は気を取り直したように、どちらにしろ、と言葉を紡ぐ。
「サッカーバカには違いない」
「そうだな」
 顔を見合わせて、くすくすと一頻り笑う。
 先刻までの熱っぽい空気は霧散してしまったように消え去っていたが、豪炎寺が抱き込むように鬼道の身体を押し倒したのを待ち兼ねていたように、鬼道は自ら豪炎寺の口唇に自らのそれを押しつけた。

Back | Text | Index









「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -