N.W.D -稲妻11別館-


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プレシャス・タイム 8


 朝から降っていた雨は上がったというのに、予報の通りには雲が晴れない空を見上げて、鬼道は仕方ないとばかりに足許に視線を落とした。
 陽が出ていようが出ていなかろうが、仕事の量が変わるわけではない。せめて帰宅が遅くならないようにしなければな、とデスクに残してきた書類の山を思い出して、一つ溜息を零す。
 日々、別段積み残すことなく片付けているはずなのに、年末を目前に控えて、急にばたばたと忙しくなった感がするのは気のせいではなく事実で、先日も休日返上で働いたせいで、少しだけ身体が重く感じられた。
 とりあえず、少し休憩を入れた方がいいだろうと半ば強引に取らされた昼休憩は、確かに少しは外の空気を吸った方が頭も冴えるかと思ったが、それ以上に肌を刺すような空気の冷たさに、正直建物の中に戻りたくなっている自分に気づいて苦笑が漏れる。
 そのとき、鬼道の上着の内側で小さく携帯電話が震えた。
 マナーモード設定のそれは、小さく、ぶぶぶ、と振動を繰り返す。
 強引に追い出したくせに何かあったのか、とやれやれと掌に納まるそれを取り出した鬼道は、ディスプレイの表示におや、と目を細めた。
 今日は休みだと言っていた豪炎寺は朝、半分寝惚けたまま鬼道を見送ってくれたが、あの様子では恐らくもう一度ベッドに戻ったのは確実で、別にそれについて目くじらを立てたりはしない。忙しいのはお互い様で、それよりもこんな時間に態々メールを送ってくるなんて珍しいことをしてくる恋人に一抹の不安が頭を過ぎる。何かあったのだろうか、と焦りで震えそうになる指先を叱咤するように、操作に集中して、そして、鬼道は深い溜息を吐き出した。
「何が今夜はおでんだから早く帰ってこいだ……」
 口唇の端を持ち上げ、鬼道はゆるりと笑う。
 こんな寒い日の夜に豪炎寺特製おでんというのは何とも言えない贅沢だ。
「さっさと片付けて早く帰るしかないな」
 相変わらずどんより曇ったままの空を見上げた鬼道はぎゅっと一度目を閉じ、そして自分に言い聞かせた。


「んん……」
 目覚ましがなったわけではない。ただ、緩やかに意識が浮上し、豪炎寺は重たい瞼を押し上げると定位置に置かれた携帯電話に手を伸ばした。身体を起こせば、視界に入る位置に目覚まし時計も置かれていたが、つい不精をしてしまう自分に苦笑しながら、時刻を確認する。
「寝過ぎたな……」
 朝に一度起きたのは豪炎寺の記憶にもあった。
 しかし、玄関先で鬼道を見送った後、倒れるようにベッドに逆戻りしたところまでは確かに覚えていたが、その後の記憶はぷつりと途切れていた。別に無理して見送らなくていい、と顔を曇らせた鬼道を思い出して、これでベッドに戻れなかったなんてことになっていたら、何を言われたものか分かったものじゃないな、と豪炎寺の口許から苦笑いが零れる。
 閉めきっていたカーテンを勢いよく開けてみたもののガラスの向こうに広がる空は鈍い鉛色をしていて、すっかり深まりつつある冬の寒さを助長しているようだった。
「寒そうだな……」
 実際には暖かな部屋の中では外の寒さなんて微塵も感じないのに、豪炎寺の目に映る世界は酷く寂しく感じられ、柄じゃないなと振り払うように頭を振った。
 ひっそりと静まり返ったリビングルーム。
 冷蔵庫の中には、朝、鬼道が作って分けて置いていったのだろうサラダが一皿ラップされていて、自分だって忙しいのに、と豪炎寺は、柔らかく目を細める。
 寝起きではあったが、時間が時間だったので、空腹感に耐えかねて豪炎寺はまだぼんやりとした頭のままキッチンに立った。天気が良ければ、ベランダに面した窓から降り注ぐ陽光は、相変わらず曇ったままの今日の天候では見る影もない。こんな寒々しい日は、じっくり味の染みたおでんが食べたいと唐突に思い、鍋の火を止めると携帯電話に手をかけた。

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