N.W.D -稲妻11別館-
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Clapプレシャス・タイム 7
どんよりと曇った空のせいか数字の上では昨日よりも寒さは和らいでいるはずなのに、ちっとも実感がないことに、鬼道は、くっ、と小さく口許を歪めた。
「今日は大雪か」
鉛色の空を見上げて鬼道が呟くと、言葉と一緒に白い息が吐き出される。
ゆらりと広がったそれは、けれども冷たい冬の空気に溶けこむようにあっという間に霧散した。
「北の方は大変だろうな……」
雪の降る土地は旅行でも仕事でもあちこち訪れたが、やはり真っ先に思い出されるのは懐かしい十四歳の記憶で、今なお鮮やかに呼び起こすことのできる想い出に、鬼道はふっと目を細めた。
「なんだ?」
玄関ドアを施錠した豪炎寺が僅かに首を傾げて鬼道を振り返る。
「大雪がどうかしたか?」
「いや」
かつんとマンションの共用廊下に革靴の音が響いた。
「昔を思い出していただけだ」
その言葉でなんとなく察したのか、豪炎寺は、そうか、と言葉少なに頷いた。
それだけなら、口数が少ないのは昔からだったから別に気になることではなかったが、少し拗ねたような口許に鬼道の口許が綻ぶ。他人にはきっと分からないであろう些細な変化に気づける自分が嬉しかった。
「拗ねるな」
鬼道がぽんと豪炎寺の肩に手を置くと、別に拗ねてなんていない、と想像通りの台詞が一言一句違わずに返された。
「その言い方が」
拗ねていると言うんだ、と鬼道は隠すことなく、くすくすと笑う。外といってもまだマンションの共用廊下で、周囲に人の気配もないせいか、鬼道は感情表現豊かに表情をくるくると変える。
けれども、そんな表情も可愛いと思いながらも、それを上回る後悔が豪炎寺の胸中を覆いつくす。
見る間に豪炎寺の眉間に皺が寄り、鬼道は肩に置いていた手首をぎゅっと掴まれた。
「あのときは、ああするしかなかった……」
ぎりと噛み締められた口唇。
掴まれた手首よりもそっちが気になってしまって、誰の姿も見えなくても此処が外だと分かっていながら、鬼道はそっと顔を寄せた。
軽く押し当てるだけの一瞬の接触。
「鬼道……」
はっと息を飲んだ豪炎寺の口を封じるように離れた口唇の代わりに人差し指を当てる。
「分かっているさ……」
別に今更、昔の話を掘り返すつもりはない、と苦笑混じりに鬼道は言って、そして、それに、と付け加えた。
「一緒にいなくたって、おまえのことばかり考えていた」
少し照れたように逸らされた視線。
その表情に今閉めたばかりの扉を開けて、自宅に戻りたがる本能を必死に抑えながら、そうか、と短く答えるのが精一杯で、今すぐに雪が降り出して、出かけられないように閉じ込めてくれたらいいのになんて、らしくないことを考えてるなんていくら鬼道でも分からないだろうな、と相変わらず鉛色の雲に覆われた空を見上げて豪炎寺は苦笑いした。
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