N.W.D -稲妻11別館-


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プレシャス・タイム 5


「豪炎寺、いい加減起きろ」
 カーテンを閉めたままの薄暗い寝室に入ると、そこは鬼道が朝、ベッドから抜け出たままの状態で熟睡している豪炎寺の姿があった。
 遮光性の高い素材は、しっかりとガラスの外の世界を満たす太陽光を遮っている。
 鬼道の気配にも気づかず、熟睡している姿に、疲れているんだな、と些か同情の念も覚えたが、しかし、いくら昨日が遅かったとはいえ、限度というものがある。
 容赦なくカーテンを開くと、すっかり高くなった太陽の光が射しこむ。
 前髪がかかって陰になった額を露わにするように、鬼道はそっと指を滑らせた。肌を擽る柔らかな感触が気持ち良くて、くるりと巻きつけてはするすると零れ落ちるのを感じながら、二度、三度と懲りずに繰り返す。
 けれども、それだけ間近で戯れているというのに一向に豪炎寺は起きる気配を見せない。
「ん……」
 夏とは違う穏やかな陽光がガラス越しに部屋を照らす中、それでも往生際悪く、眩しさから逃れようと寝返りをうった豪炎寺の上に伸しかかるようにして、鬼道は未だ伏せられたままの瞼にそっと口を寄せた。軽く触れるだけに留めると、そのまま口唇の位置をずらしていく。
 鼻梁に沿って与えられる、触れるか触れないかの微妙なタッチが擽ったいのか、豪炎寺の瞼がぴくぴくと微かに震える。
 そんな反応が楽しくて鬼道は顔を一度上げると、僅かに眉根を寄せた豪炎寺の顔を見下ろした。やや険しく歪められていても、整った相貌はやはり綺麗で、陽の光を浴びる様は芸術品のようだと世界に対して誇らしい気持ちすら覚える。
 くすり、と口許を緩めて鬼道は再び顔を近づけた。
 長い睫を上唇と下唇で柔らかく食むと、息がかかるのが気になるのか、豪炎寺の眉根がさらにぐっと寄せられる。
 そろそろ起きるか、と鬼道が悪戯心でぺろりと口唇を舐めた途端、ぐっと強い力で身体を抱き寄せられた。
「なっ……!」
 鬼道の口から上がった驚きの声は、即座に豪炎寺の口中に奪われる。
 背中に回された腕の拘束に、崩れ落ちそうになった身体を支えるため、鬼道は咄嗟にシーツの上に掌を押しつけた。それでは豪炎寺の思う壺だと分かっていても、無雑作に体重を預けてしまうのは躊躇われて、くっと腕に力を籠める。
「んっ……」
 けれども、そんな鬼道の努力を無に帰すように、キスはあっという間に深くなる。寝起きとは思えないほど的確に口内を蹂躙する舌が、感じる場所を舐め上げていくに従い、身体を支えていた右手から力が抜け、鬼道の上半身は豪炎寺の上に倒れこんだ。
 逃げるように丸められた舌の裏、ざらついた面を豪炎寺の舌に舐められ、鬼道がぴくりと身を強張らせる。その隙をついたように、豪炎寺が自身のそれを絡ませていく。
「ふぁっ……」
 口唇の端から飲みこみきれなかった唾液が溢れ、口許を濡らしていく。背に回されていた豪炎寺の掌が、ゆっくりと撫でながら下方に下がっていくのも分かっていながら鬼道には抗うことができなかった。
 久しぶりに重なった二人の休日。
 昨夜というよりもほとんど今朝方帰宅した豪炎寺がベッドに入ってきたときは、半分夢現だったこともあって、温かなその体温に身を寄せるだけでも十分だったが、久しぶりの濃いキスに煽られた身体はもうそれだけでは我慢できそうにない。
「随分、積極的だな」
 寝込みを襲うなんて、ととうの昔に起きていただろう豪炎寺が口唇を放して、からかうように言った言葉にも、うるさいと赤くなった顔を逸らすので精一杯で、鬼道はそのままぎゅっと胸許に頬を押しつけた。
「おまえがいつまでも寝ているからだ」
 理不尽なことを口にしている自覚は、鬼道にも十分すぎるほどにある。忙しいのはお互い様だ。そもそも先日の豪炎寺の休日に、半日だけでも一緒に過ごせるように調整してあったスケジュールを駄目にしてしまったのは鬼道の方だったから、豪炎寺が貴重な休日に疲労の溜まった身体を休めていたとしても、それを鬼道に責める権利などない。
 だが、一度、そういう意図を持って相手に触れてしまえば、その欲を抑える理性は綺麗に霧散してしまっていた。
「悪かった……」
 珍しく素直に欲求を隠すことなくぶつけてくる鬼道に、豪炎寺は口許を綻ばせると、その全身を引き寄せるように強く抱きしめる。
「このままシてもいいか?」
「っ……」
 耳朶に触れるか触れないかの距離で囁かれた言葉に鬼道は了承の返事の代わりに、顔を上げ、口唇を寄せることで答えを示した。
 ちゅっと触れるだけで離れていったキスを合図に豪炎寺が二人の間を遮っていた掛布団を押し退けながら上半身を完全に起こす。
 首筋に顔を寄せ、ちろりと舐められると、鬼道はぞわりと背に奔った憶えのある、けれども久しぶりの感覚に僅かに身を捩りながらも、豪炎寺の頭部に手を添えた。先刻とは異なり、今度は何の遠慮もなく、柔らかな感触に指を絡ませる。
「っぁ……」
 豪炎寺の手がするりとシャツの裾から入りこみ、肌を撫でると、寝起きのせいもあっていつも以上に温かな体温がじわりと伝わり、鬼道はそれだけで、甘い吐息を漏らした。
「ん……豪炎寺」
 もっと、というように上半身を強く掌に押しつけてくる鬼道に、豪炎寺の方がまいった、とでもいうようにこつんと額を鬼道の胸部に押し当てた。
「豪炎寺?」
 突然の出来事に鬼道が不思議そうな声を上げるのにも構わず、豪炎寺は、大きく一つ溜息を吐き出す。
「まったく……」
「?」
 きょとんと小首を傾げた鬼道の身体をぐいとひっくり返すようにシーツの上に寝かせると、上から見下ろした豪炎寺が、にやりとその綺麗な相貌を歪ませた。
「そんなに煽って知らないぞ」
 淫蕩な笑みさえもその整った容貌を損なうことはなく、豪炎寺のそんな表情に鬼道もまた、くくっと弧を描くように口角を持ち上げる。
「構わない」
 休みなんだ、好きにしろ、という鬼道の言葉を合図に豪炎寺がゆっくりと傾けた顔を近づけた。

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