N.W.D -稲妻11別館-


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プレシャス・タイム 4


 定刻通りに新幹線が駅を出発して幾らもしないうちに、鬼道は荷物からモバイルパソコンを取り出し、膝の上で徐に電源を入れた。
 案件がいくつか重なってしまったせいで、この車中で片付けてしまわなければならない報告書がある、と予め豪炎寺も聞かされていたから、それについては何も口を挟むことなく、せめて鬼道の邪魔にならないようにと売店で買ったサッカー誌の表紙をはらりと捲った。
 車窓を景色が流れていく。
 暇潰しを兼ねて買った雑誌の中身に特に目を引くような記事はなく、ぱらぱらと捲っていた手を止め、豪炎寺は鬼道の身体越しに窓の外に視線を向けた。
 中学生の頃、サッカー部の移動は専らイナズマキャラバンだったから、初めて一緒に新幹線に乗ったのは、修学旅行のときだったか、と少しだけ懐かしさとともに思いだす。あの頃とは違い、今は二人きりだったが、変わることなく隣に鬼道がいることに、豪炎寺はゆるりと口許を綻ばせた。
 ガラス越しに通過駅のホームが流れていく。
 そんな光景も一切視界に留めることなく、黙々と手を動かす鬼道の集中力に豪炎寺は驚嘆を覚えながらも、視界の端に捉えた駅名に、車両前方に設置されているデジタルの情報案内表示へと意識を向けた。
 今日のニューストピックが流れていく合間に表示される時刻を確認し、乗車駅を出発してからの時間を逆算する。そんなに時間が経過している感覚はなかったが、既に一時間以上が過ぎていることに気づいて、豪炎寺は小さく息を吐いた。
「鬼道」
 ほとんど音もなく滑らかにキーボードの上を滑るように動いていた手が豪炎寺の声に反応し、一瞬ぴくりと止まったが、すぐに何事もなかったかのように再び動き始める。
「そろそろ終わりにしろ」
 忙しいのは分かるが、自分の体調を考えろ、と僅かに怒気を混じらせた豪炎寺の声に、鬼道は諦めたように手を止め、顔を上げる。
「あとで辛い思いをするのは自分なんだぞ」
 別段、鬼道が乗り物酔いする体質だというわけではなかったが、それはコンディションが万全ならば、という前提が必要になる。どんなに普段、平気な人間でも元々の体調が良くないときに、しかも新型車両は振動が抑え目に設計されているとはいえ、乗車してからずっとモバイルの画面と睨めっこをしていれば、具合が悪くなっても何ら不思議ではない。昨日の夜も遅くまで書斎で仕事をしていたことを暗にほのめかしながら、豪炎寺は鬼道の右手首をそっと掴んだ。
「……分かっている」
 強制的にキータッチを邪魔された鬼道は、僅かな間を置いて、躊躇いがちに口を開く。手を離せ、と視線で訴えてみるものの、外では外されることのない分厚いレンズ越しのそれに、豪炎寺は気づいていながら、指先の力を寧ろ強めた。
「分かってない」
 憮然とした声に重なるように突き刺さる豪炎寺の声。
 こんなに冷たい声を豪炎寺が発することは珍しかったが、自分の身を案じてのことだということは十分に理解していたし、何より豪炎寺の言葉が正論だったから、鬼道は得意の理論武装を口にできないまま、俯くしかなかった。
「別に向こうに着いてからでも時間はあるんだろ?」
 一転して豪炎寺の口調が柔らかくなる。搦め手で懐柔しようというその手順は、けれども本人は恐らく無自覚にやっていることなのだと、他ならぬ鬼道が一番理解していた。
 車中で片付けなければならないとは言ったが、それは宿に着いてから仕事をしなくて済むようにしたい鬼道の希望であって、だから豪炎寺の言葉に反論することもできず、鬼道はきゅっと口唇を噛み締める。
「今は少し休め」
 ぽんと頭を撫でられ、そのまま肩口に押しつけるように引き寄せられてしまえば、鬼道には、すまない、と小さく口にするしかできない。じわりと伝わる豪炎寺の熱に明け方まで仕事をしていた鬼道の全身はゆるゆるとその心地好さに溶かされるように緊張を解いていく。
「駅に着いたら起こしてやるから、少し寝ろ」
 囁くように落とされたその声に、すまない、と小さく返すと鬼道は意地を張ることなく、押し寄せる睡魔に身を任せた。
 数分と経たずにその口許から漏れ始めた寝息に豪炎寺はほっとしたように息を吐く。
「まったく……無理ばかりして」
 半分は仕事絡みとはいえ、久しぶりの二人での遠出だった。
 楽しみにしているのは鬼道ばかりではない。豪炎寺だって一緒に行けるのは嬉しい。だが、重なってしまったスケジュールに無理する鬼道が見たいわけではないのも事実で、鬼道を起こさないようにやや不自由な体勢のまま、豪炎寺は鬼道の膝元に置かれていたモバイルをスリープモードに切り替えると、ぱたんと蓋を閉じた。
「短時間だが、ゆっくり休め」
 もう一度、ぽんと頭を撫でると豪炎寺もそっと瞼を伏せる。
 シャツ越しに感じる鬼道の体温がゆるゆると豪炎寺を心地好い睡魔に誘う。
 シートから伝わる新幹線の穏やかな走行振動がそれを助長するのに、豪炎寺は逆らうことなく身を任せた。

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