N.W.D -稲妻11別館-


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プレシャス・タイム 3


 鍵を持っているにも拘わらず、豪炎寺は帰宅が余程遅くなるとき以外は、帰途を知らせるようにインターフォンを鳴らしてからドアに手をかける。
「土産だ」
 帰宅と同時に玄関先で突きつけられたのは何の飾り気もないコンビニのビニール袋で、ああ、と鬼道はきょとりと首を傾げながら受け取った。
 別に土産が珍しいわけではなかったが、それは大概、職場に差し入れられたものが大半で、こんな風にコンビニでふらりと何かを買ってくるなんて珍しかったから、その疑問が表情に表れていたのだろう。靴を脱ぎ終えた豪炎寺がくすりと口許を歪めて、冷める前に食べようと、立ち尽くしている鬼道を促した。
 豪炎寺の言葉を待つまでもなく、じわりと伝わってくる熱に何か温かい食べ物なのだろうということは見当がついたが、正直それ以上のことは想像できず、ビニール袋をぶら下げたまま、鬼道はリビングへと戻る。
 日中は暖かかったが、陽が暮れるとがくりと気温が下がったのが分かる。空調にほどよく暖められた室内に豪炎寺はほぉと息を吐き出すと、未だビニールを持ったままの鬼道に早く開けろと急かすように笑いかけた。
「夕飯前だぞ」
 少しだけ不満げに言った鬼道に悪いと謝りながらも、あとでという選択肢は豪炎寺にはない。
「流行り物らしいからな」
 見つけられてラッキーだった、と出逢ったばかりの中学生の頃でさえ滅多に見せなかったワクワクとした表情を向けられてしまうと、鬼道としてもそれ以上意地を張るのも馬鹿馬鹿しくなり、豪炎寺に促されるままにビニール袋の中身を取り出した。
「肉まん……?」
 頻繁に目にするということはなかったが、知らないわけでもない。見覚えのある包み紙を前に、これがどうしたんだ、と豪炎寺を見ると、早く開けてみろと再び視線だけで続きを期待される。
「なんなんだ、一体……」
 呆れた風に言いながらも、珍しい豪炎寺の様子に鬼道まで、伝染したように気分が高揚してきて、ぺりりと包みを留めているテープに指をかけた。
「……っ!」
 包みの中身は目を疑うような真っ青な球体。よく見て見ると少し潰れていたが、何かのキャラクターなのか、顔らしきものが描かれていて、鬼道は驚きに固まってしまう。
「凄い色だよな……」
 既に店で見ていたこともあって豪炎寺には余裕がある。ピクリとも動かない鬼道を見ながら、笑って、その手から一つ包みを取り上げた。
「あちこち売り切れらしいって聞いてたが、運が良かった。駅前のコンビニで別に用はなかったんだけどな……」
 なんとなく足を向けたら、まだ残っていたんだ、とそこまで口にした豪炎寺だったが、あまりの衝撃に固まったままなのか、鬼道の反応はない。ある程度は驚くだろうとは思っていたが、正直、予想以上で、豪炎寺は半ば苦笑しながら、鬼道、と名前を呼んでから、徐に包みの中の塊に歯を立てた。
「ま、待てっ!」
 途端に上がる鬼道の少し焦ったような声。
 それまでの静止状態が嘘のような機敏な反応に、思わず豪炎寺も手を止める。
「そ、そんなもの食べるんじゃないっ」
 ふるふると震えながら、まるで親の仇でも見るかのような視線で豪炎寺の手元を睨みつける鬼道に、豪炎寺が今度は遠慮することなく笑い出した。
「ご、豪炎寺っ……!」
「すまない……だが、平気だぞ。鬼道も食べてみろ、味は普通だから」
 制止の声も虚しく三分の一ほど一気に齧られたそれからは、食欲を擽る肉汁の香りが漂い、夕飯前の鬼道の胃袋を直撃する。
 作りながら味見を兼ねて料理を摘まむ日がないわけではなかったが、今日は特に手の込んだ物を作ったわけではなかったから、特に何も口にしてはいなかった。
「だが、これは……」
 およそ人が食べて許される色をしていないだろう。いつだったか、ああ、そうだ、まだ自分たちが高校生だった頃、久しぶりに日本に帰国した土門と一之瀬が土産だと面白半分に買ってきたクッキーがやはりこんな色をしていたが、あれは結局、口をつけないまま、壁山たちの胃袋に収まったはずだと多少の懐かしさとともに思い出しながらも、鬼道は目の前の現実から目を逸らす。
「試しもしないで拒否するなんて男らしくないぞ」
 鬼道、と気づけば豪炎寺の手の中にあった物体はすっかり胃袋に収まってしまったようで、綺麗に包み紙を残すのみになっていた。
「騙されたと思って、冷める前に食べてみろ」
 せっかく買ってきたんだし、と豪炎寺に言われてしまうとその心遣いを無下に拒否することもできず、鬼道は恐る恐る自身の手元に目をやると、覚悟を決めたようにえいとばかりに齧りついた。
 じゅわりと口中に広がる肉汁に、鬼道の目が細まる。
 素直に美味しいと思った。
 身に纏う空気が和らいだのを察したのか、豪炎寺が頬を緩める。
「美味いだろう」
 にやにやと笑う豪炎寺に悔しさも憶えつつ、嘘はつけない鬼道は口内の塊を飲み込んでからも、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「心配しなくても、その色は人工着色料を一切使ってないらしいぞ」
「そうなのか……」
 二口目を齧りつきながら、鬼道はもごもごと答える。
 食べながら話すなんて行儀の悪いこと、昔だったら決してしなかったし、今だって豪炎寺の前でしかしない。
「安心したか?」
 他人には絶対に見せることのない気を抜いた振舞に果たして鬼道自身が気づいているのかどうか、当人に確かめたことはなかったが、どちらにしても自分だけが特別を許されているという事実に豪炎寺は、腹に落ちた肉まん以上に温かな気持ちを感じて、口許を綻ばせた。
「ん……まあな」
 なんだかんだ言っても豪炎寺が食べていた時点でその心配はしていなかったのだが、素直にそれを口にするのも躊躇われて、鬼道は残りに口をつけながら、曖昧に頷く。
「色には驚いたが、味は悪くなかった……しかし、突然どうしたんだ」
 こんな物、買ってくるなんて、と最後の一口を咀嚼し終えてから、珍しいな、と鬼道は豪炎寺を見た。
「ああ、夕方に夕香からメールがきたんだ」
 それでな、と笑った豪炎寺に、なるほど、と鬼道も口許を緩める。女子高生ならば、話題の物にも敏感なのだろう。
 ほら、と見せられた携帯の画面に表示されたのは、今、鬼道たちが口にしたのと同じ商品で、どうやら品薄と評判の物を見つけた興奮のままに送ってきたらしいメールに鬼道の笑みが深まる。
「夕香ちゃんは元気なのか?」
「ああ、久しぶりに鬼道にも会いたがってたぞ」
 次の休みに一緒に飯でも食うか、と聞かれて、だったら春奈も一緒でもいいか、と言った鬼道に、豪炎寺は穏やかに笑いながら、勿論と頷いた。
「だが、とりあえず、先の予定より今夜の夕飯が先だな」
「なんだ、食べるのか?」
 今、肉まんを食べたばかりなのに、と鬼道は苦笑する。
「あんなので満足するわけないだろう」
 それに、と豪炎寺は笑う。
「鬼道が作ってくれた夕飯を食べないわけないだろう」
「……っ」
 食事は当番制なのだから、別に特別な物でもなんでもないにもかかわらず、その言葉に鬼道の頬が紅潮する。
「今、用意するから座っていろ」
 豪炎寺の視線から赤く染まった顔を隠すように顔を逸らしたが、当然気づかれているのだろう。
「ああ、今夜も期待してる」
 くすくす笑う豪炎寺の柔らかな視線を背中に感じながら、鬼道は足早に下拵えの全て済んでいる夕飯を用意するためにキッチンに足を向ける。
「期待には応えてやるから安心しろ」
 振り回されてばかりは癪に障るから、せめてとばかりに鍋の蓋に手をかけながら、鬼道はにやりと口許を歪めた。

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