N.W.D -稲妻11別館-


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プレシャス・タイム 1


 日を追うごとに秋の気配が深まり、確実に冬がもうすぐそこまで近づいてきているのが、肌で感じられるようになったある日の朝。
 先日、急に気温が下がったこともあり、そろそろ冬物の上掛けに替えた方がいいだろうと、チーム練習に行く豪炎寺を見送り、日常の家事も終えた鬼道は、ふと室内の模様替えに思い至った。
 夏の間は爽やかな空気を醸し出していた淡い若竹色のカーテンも季節が晩秋に向かうに連れて、少しずつ寒々しさを与え始めていた。
 基本的な家事は互いの休日を考慮しながらの交代制だったが、大掃除などは大概二人の休みを合わせて行うのが常で、けれども豪炎寺はあまりインテリアへの拘りが強い方ではなかったし、母親を早くに亡くしているせいもあって、あまりそういうことには気が回らないらしいことは短くない付き合いを通じて鬼道も十分に理解していた。ただ、使用人が全てを取り計らってくれた鬼道邸と違い、鬼道一人でできる範囲は限られていたから、精々、カーテンやカーペットぐらいしか手をつけることはできそうになかったが、どうせ寝具を替えるのであれば、一度に済ませてしまおうと、目新しい物なんて何一つないはずの室内をぐるりと見回し、少しだけ浮き立つ心そのままに休日の過ごし方を決定した。
 今朝は気温が戻ったのかそれほど寒くはなかったが、あの夜は一人でなくて良かった、と鬼道は今更ながらに思う。
 試合会場によっては、コンディションのためにも前泊することは避けられないし、鬼道もそれは十分に理解していた。時には毎夜の如く求めてくる恋人の性欲に呆れることもあり、たまには豪炎寺の不在による一人のベッドも悪くないと思うこともあったが、それでも、寒い夜には気温が心理に作用するのか人恋しさが増す。
 体感的な肌寒さに誘発される寂しさを埋めてくれる存在は、世の恋人たちが皆そうであるように、鬼道にとっても一人しかいない。
 平熱の高い恋人の温もりを思い出し、鬼道は目を閉じて、ぎゅっと薄い上掛けを抱き締めた。
 ふわりと覚えのある匂いが鼻腔を擽る。
 鬼道も豪炎寺も体臭がそれほど強いわけではなかったし、寝具もこまめに取り替えていたが、それでも毎日使うものには薄らとでも匂いは残る。
 けれども、そこには決して不快感はなかった。

「鬼道……」

 耳許で囁かれた、少し濡れたような響きが鬼道の脳裏に甦る。
 頬に添えられていた掌が、そっと肌に沿って首筋をなぞり、女性と違って膨らみのない胸部へと這わされる。
 平時でも鬼道より若干熱く感じられる指先は、劣情に煽られたような熱を伝える。
 現役を退いたとはいえ、鬼道もトレーニングは欠かさず続けており、バランスよく鍛えられた大胸筋が豪炎寺の指を押し返した。ふっ、と詰めていた息を鬼道が吐き出すと、ピク、と胸板が小さく動く。
 指の腹に伝わる感覚に豪炎寺が満足そうに目を細めた。
 余裕に満ちたその表情が少し腹立たしくて、鬼道は両手を持ち上げ、豪炎寺の首に回す。
 鬼道、と少しだけ語尾の上げられた声には答えず、首に回した腕をぐいと引き寄せると、噛みつくように口唇を押しつけた。
「んっ……」
 上唇と下唇で豪炎寺の口を挟むように啄みながら、そろそろと舌先で表面を突くと、豪炎寺も慣れたもので、鬼道の望みのままに薄く口を開いて、招き入れる。
 するりと滑り込ませた舌先を動かす鬼道に応えるように、豪炎寺は胸の上に置いたままだった掌での愛撫を再開させた。
 数えられないほど重ねてきた行為は、その次に訪れる刺激を容易に想起させる。もぞりとした疼きを両胸の突起に覚えた鬼道は、急かすように口中の舌を大きく動かした。
 ざらついた舌の背面を舐められる感覚に豪炎寺の情欲もさらに煽られる。淫蕩に溶けだした鬼道の表情と、ほんのりと色づき始めた上半身に加え、時折漏らされる鼻にかかったような甘い吐息が視覚と聴覚を刺激するだけでなく、指先と口内の粘膜に感じる異なる柔らかさに、触れてもいないのにすっかり自身が勃ち上がっているのを感じて、豪炎寺は小さく息を漏らした。
「あんまり……」
 鬼道の舌を押し返し、顔を離した豪炎寺が、再び耳朶に口唇を近づけるように傾ける。柔らかな皮膚の感触は今更確かめるまでもなく、このまま甘噛みしてしまいたい衝動を抑えながら、豪炎寺は口許を歪めた。
「煽るな」
 加減できなくなる、と熱の籠もった声を落とされて、鬼道は薄く笑う。
「したことなんてないくせに」
 豪炎寺が大きく顔を傾けていることで、鬼道からも無防備に晒された耳に楽々と口唇を寄せることができた。
 豪炎寺にとっては砂糖菓子よりも数段甘い声が、性的欲求を増大させる。
「明日……」
 はぁ、と豪炎寺が零した溜息に、鬼道はゆるりと口角を持ち上げると、代名詞さながら熱を纏ったような恋人の足に自身のそれを絡ませた。
「文句は受け付けないぞ」
 強い視線が鬼道を射竦める。
 けれども、こんなことを言っていても結局のところは自分の身体を第一に優先してしまう優しい豪炎寺に、鬼道は好きにしろ、と甘えるように口にした。

 昨夜の余韻を思い出しながら、しばらくじっと佇んでいた鬼道だったが、このままでは内に燻り始めた衝動のままに布団に身体を預けそうになる誘惑を断ち切る。昼間から一人で熱を持て余して淫事に耽るほど欲求不満なつもりは微塵もなかった。
 リビングの窓から抜けるような青空が、視界いっぱいに広がっているのが見える。
 折角の晴天なのだから、とクリーニングから引き取ったまま仕舞われていた布団を干すべく、鬼道はクローゼットへと足を向けた。


 その日の夜。
「掛布団、替えたのか」
 生乾きの髪をタオルで拭きながら寝室に来た鬼道に、先に風呂に入った豪炎寺が、ベッドヘッドに背を預けながら、半ば確認といった様子で声をかけた。
 一緒に入るか、と口癖のように誘いを投げる豪炎寺に対し、ゆっくりできないから一人で入れ、と鬼道が返すのは日課のようなもので、通常のマンションの浴槽に比べれば大きいサイズの物を入れているとはいえ、成人男性が二人ではゆったり身体を伸ばすというわけにもいかない物理的な制約から、鬼道がそう口にするのは鬼道自身のためよりも、より身体を動かす仕事の豪炎寺を考えてのことであることを豪炎寺もまた知っていたから、残念、と口にはしてみても、その表情はさほど残念でもなく、早く入れ、と促されるままに一人で入浴を済ませていた。
「ああ」
 ぽふっとシーツの上に鬼道が腰を下ろすと何も言っていないのに、豪炎寺が肩に掛けられたバスタオルを取り上げ、頭部を覆うようにふわりと落とす。指の腹で頭皮を掴むと軽く力を入れながら、マッサージを施してから、丁寧な仕草で髪を拭き始めた。緩くウェーブがかった髪は、水分を含んだ分だけ、日中よりもしっとりと身体のラインに沿って流れていて、豪炎寺は流れに逆らうことなく、頭頂部から毛先に向かってタオル越しにぽんぽんと手で挟みながら残った水分を飛ばしていった。
「そろそろ寒くなってきたしな」
 鬼道は気持ち良さげにその身を豪炎寺の胸に預ける。
 昼間に取り替えたばかりの落ちきのある深緑色を基調としたカーテンを眺め、満足げに口許を綻ばせた鬼道に対して、豪炎寺は半分捲り上げた少し厚みのある掛け布団と鬼道を見比べて、僅かに眉根を寄せた。
「別にまだ平気だったと思うが……」
「?」
「布団」
 きょとんと首を傾げて振り返った鬼道に、豪炎寺は少しだけ不満そうに口唇を尖らせた。
 日中は束ねられている髪は、無雑作に下ろされていて、相変わらず人の世話は焼くのに自分のことは適当だ、と内心で呆れながら、そんなことはない、と鬼道は首を振る。
 静かに手を伸ばし、指先を髪に絡めるように下から掬い上げた。柔らかな感触が指を擽るのが鬼道は好きだった。
「おまえは体温が高いから平気かもしれないが、オレは寒いのは好きじゃない」
 苦笑しながら鬼道がそう口にすると、豪炎寺がにやりと口許を歪める。
 そんな表情をしても整った相貌は一向に崩れない。飽きるほど見続けてきた男の顔なのに、毎日、魅了されているなんて調子に乗らせること、決して口にするつもりはなかったが、おそらく口にしたことはなくても豪炎寺にはばれてしまっていることも分かった上で、鬼道は紅玉のような瞳を豪炎寺に向けた。
「豪炎寺……?」
「だからいらないだろう」
 バスタオルを放り投げ、豪炎寺が背中からぎゅっと目の前の身体を抱き締めると、鬼道の口から焦ったような声が上がる。
「布団なんかなくてもオレの体温があれば」
 平気だろう、と耳朶に触れるか触れないかの距離で落とされた囁き。
「バ、バカっ」
 普段よりも少し低めのそれは、情事のときに見せる色を含んでいて、鬼道の内にずくりと熱が湧く。
「それとこれは別問題だ」
「一緒だ」
 取り合おうとしない豪炎寺に鬼道は焦り気味にとにかく離せ、と腹の前に回された手の甲を叩いた。
 ぺちりと軽い音が寝室に小さく響く。
「明日は休みじゃないんだからな」
 釘を刺すように言われた言葉は、けれども、その程度で拘束が緩むはずがないことを知らない鬼道ではなかったから、結局のところ、本気ではないのだと豪炎寺が考えても仕方がない。
「寒さなんて気にならないぐらい熱くなって寝れば問題ないだろう」
 かぷりと耳に噛みついた豪炎寺に、小さくバカと呟くより他に鬼道にできることはなかった。

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