N.W.D -稲妻11別館-


IndexTextNotes | Clap

頑張れ、聖帝様!


 鬼道の朝は忙しい。
 故あって古い友人であり、そして革命の同志ともいえる円堂の頼みで引き受けた雷門中の監督は、佐久間という優秀な参謀あっての帝国学園での総帥業務よりも自分で雑務もこなさなければならない分、随分と忙しい。そして、特に周囲には告げてはいなかったが、鬼道財閥の後継としての仕事も、自分が働けるうちは自分のしたいことに精を出すといいと実にありがたい言葉を言ってくれた養父の好意に甘えつつも、将来のことを見越せば、全く何もしないというわけにもいかず、ときには財界にも顔を出さなければならない。
 それに加えて、三年に亘る慣れぬ役割に、人前では決してそんな素振りを見せないように気を張っている反動か、疲労の絶えない恋人を宥めながらも職場に向かわせなければならない。
「おい」
 べたりと自身の身体にしがみつくように張りついた両腕を見下ろして、鬼道は、はぁと一つ大きく溜息を吐き出した。
「そろそろ起きないと間に合わないぞ」
 お互いに、とちらりとヘッドボードの時計に視線を向ける。
「あと五分……」
 シャツ越しにぎゅっと頭が押しつけられ、くぐもった声が背中から聞こえる。離さないとばかりに力を籠められた腕をぺちりと叩いて、甘えるな、と鬼道は口唇を尖らせる。
「ガソリン入れないといけないのを忘れたのか」
 燃費の悪い豪炎寺の愛車を皮肉るように、きゅっと手の甲を抓ると、うっという呻き声が上がる。
「組織のトップだからといって重役出勤なんて甘えた考え」
 オレは好きじゃない、と同じように上に立つ者でありながら、人一倍自分に厳しい鬼道らしい台詞に豪炎寺が渋々、身体を起こした。
「鬼道……」
 腕の拘束が緩んだ途端、するりと抜け出た鬼道の背を寂しげに見つめながら、豪炎寺が名を呼ぶと、振り返ることなく、なんだ、という声が返される。
「ガソリン代……」
「……小遣いは計算して渡してあるだろう」
 恋人との会話というよりも倦怠期に入った夫婦のような会話に豪炎寺の眉が下がる。鬼道の不機嫌の原因は分かっていたが、それも含めて互いに納得しての現状のはずなのに、と少しだけむっとしてしまうのを抑えられず、そうは言うが、と豪炎寺も口唇を尖らせた。
「飲みに行こうと言われたら、立場上、割り勘というわけにも」
 いかないんだ、と続けるはずの言葉は、振り返ってじとりと見つめてきた紅玉の輝きの前に口中に飲みこまれた。
「だったら行かなければいいだろう」
 何処か拗ねたようなその響きに、おや、と豪炎寺は少し首を傾げる。
「聖帝様が慕われるのは仕方ないが」
 引き返してきた鬼道が豪炎寺を見下ろす。
 まだベッドの上の豪炎寺よりも立っている鬼道の方が高い位置に頭があるせいで、豪炎寺からは見上げる形になる。
「外では会えないんだ」
 フィフスセクターのトップたる聖帝と、そのフィフスセクターに堂々と反旗を翻した雷門中の代理とはいえ監督を務める鬼道が実は恋人だなんて、男同士云々を差し引いても顔を合わせているのを見られただけでも何を勘ぐられるか分かったものではない。
 日中も上げることなく下ろされたままの豪炎寺の髪に鬼道は指を絡ませる。露わにされることのなくなった額を剥き出しにするように髪をかき上げて、じっと瞳を合わせる。
「鬼道……」
「金がないんだったら、早く帰ってこい」
 我儘なことを言っている自覚は十分にあった。鬼道自身も帰宅が遅くなることは珍しくなかったから、豪炎寺とのすれ違いの原因は自分にもあることを知っていて尚、思わず口にしてしまった言葉に、けれども、たまには本音を覗かせてみてもいいかと思う。
「鬼道っ」
 他の人間には到底見せられない締まりのない顔をした恋人を間近に見て、鬼道は、くすりと口許を緩ませた。

Back | Text | Index









人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -