N.W.D -稲妻11別館-


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Is it a Quack remedy?


 スプーンを口に運んだ次の瞬間、鬼道は声にならないか細い悲鳴を上げて、掌で咄嗟に口許を押さえた。
 豪炎寺が普通に口をつけていたのに油断していた自分に、失敗した、と思ったのも一瞬で、そんなことよりも口内を暴れ回る熱と痛みを何処かに逃がしたくて仕方ない。
 鬼道自身は自分が猫舌だなどとは認めていなかったが、豪炎寺が気にも留めずに口にできるものでも、時々、同じような失敗をしてしまう。その度に気をつけようと思っているのに二人で食事をしていると、ついつい忘れてしまうのだから、全く学習しないと呆れてしまうが、今はそれどころではなかった。
 もう一方の手が何かを探してテーブルの上を彷徨うのを一瞬怪訝そうに見た豪炎寺だったが、すぐに鬼道が欲しているものに気づき、慌てて冷蔵庫へ向かう。
 とって返したその手に握られたペットボトルのキャップを乱暴に開けると、中身をたっぷりと口に含みながら、鬼道の身体を抱き寄せた。
「っ!」
 鬼道の瞳が驚きで見開かれるのも構わず、豪炎寺はやや乱暴に口付けると、強引にこじ開けた口内に、口中の水を流しこむ。
「ん…!」
 飲みきれなかったミネラルウォーターが鬼道の口唇から溢れ、顎を伝ってシャツを濡らした。
「なっ、な……」
 口に含んでいた水を全て与えてしまっても豪炎寺の舌は鬼道の口内を弄るように舐めまわす。
 きゅっと絡ませられた舌から伝わるぴりりとした痛みに鬼道は目許を潤ませながら、豪炎寺の身体を押し返した。
「何するんだ…」
 突然…。
 ヒリヒリする刺すような痛みはやや治まっていたが、口を思いきり開くことは叶わず、鬼道はもごもごと口唇を動かしながら、豪炎寺を睨みつけた。
 潤んだ瞳がまっすぐに豪炎寺を見つめる。
 そんな目で見ないで欲しい、と鬼道が聞いたら無理を言うなと憤慨しそうな想いを抱きながら、豪炎寺は応急処置だ、としれっと答えた。
「……は?」
「火傷したんだろう?」
「そ、それはそうだが…」
 豪炎寺の言葉に一瞬ぽかんとした鬼道だったが、すぐに我に返る。
「だったら、普通に水をくれればいいだろっ…!」
 勢いよく捲し立てたせいで、舌が何処かに当たったのか、鬼道がうっと黙りこむ。
 きっ、と豪炎寺に向けられた瞳もいつもより力なく、寧ろ痛みに耐えているせいか、少し頼りなげな印象さえ覚えた。
「冷却と消毒が同時にできて楽だっただろ?」
 なんなら、もう一回するか?と、豪炎寺はテーブルに置いたペットボトルに手を伸ばす。
「まだ痛むんだろう?」
 くすっと頬を緩めて楽しげに言う豪炎寺に、鬼道はヤブ医者、とちっとも本気ではない口調で口許を歪ませた。
「いつもこんな治療してるのか、おまえの診察は?」
 そんなことがあるはずないのを知っていて、わざと煽るように豪炎寺を見る。
「いつか訴えられるぞ」
「それは勘弁してくれ」
 豪炎寺もまた鬼道が本気でないことを知りながら、言葉遊びのようなこの戯れに合わせて肩を竦めた。
「訴えられるとしたら、おまえしかいないからな」
 その返答に鬼道は満足げに笑みを浮かべて、豪炎寺の手から、まだたっぷりと中身の入ったペットボトルを奪い取る。
「鬼道?」
 蓋を開けて、ごくりと口内を潤した。まだひりひりとした痛みは残っていたけれど、気になるほどでもない。
「だったら、示談でいいぞ」
 楽しそうに鬼道の瞳が豪炎寺を映す。
「条件は?」
 半分ほど残ったペットボトルがひょいと放り投げられる。寸分狂わぬコントロールで投げられたそれは、豪炎寺の手に綺麗に収まり、外気に触れて汗をかいた表面が豪炎寺の掌も濡らす。
「治療ではなく」
 キスを一回。
 にやりと笑って、鬼道が顔を寄せる。
「まだ痛いんだ」
 口唇が触れるか触れないかの距離で、鬼道が囁くように言葉を紡いだ。
「優しく頼む」
 明らかに誘っている鬼道の言葉に、豪炎寺の体温がかっと上がる。
 手にしていたペットボトルが床に落ちたのにも構わず、すぐそばの身体を強く抱き寄せると、鬼道の身体は抵抗もなく、豪炎寺の腕の中に納まった。久しぶりに肌で感じる鬼道の体温に、衝動はさらに増すばかりで、豪炎寺の眉が顰められる。
「努力はする…」
 辛うじてそれだけ口にすると、数センチメートルの距離を躊躇いもせずに零へと変えた。
「んっ…」
 しかし、噛みつくように触れさせたくせに、鬼道の口から掠れた吐息が零れた途端、豪炎寺は我に返ったように柔らかく食むように口唇を舐め出した。
 言葉通りの労わるような接触に鬼道は僅かばかりの物足りなさを覚えつつも、満足げに目を閉じる。
 たまには、こんな児戯のような接触も新鮮で悪くない。
 離れることないキスの最中、鬼道の呟きは音になることなく胸中に呑みこまれる。
 テーブルの上でまだ湯気を揺らしている食べかけのスープも、きっと次に口を付ける頃にはすっかり冷めているに違いなかったが、そんなことは今の二人には些細な問題に過ぎなかった。

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