N.W.D -稲妻11別館-
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Clap純情Days 17
あ、と豪炎寺が声を上げたのと、ぎぃ、とすっかり錆びついたドアの開閉音に耳をそばだてていた鬼道が顔を上げたのはほぼ同時で、そして、一拍おいて、二人はくすっと口許を綻ばせた。
「考えることは一緒というわけだな」
「そうみたいだ」
給水塔の壁に背を預けてコンクリートに座っていた鬼道が豪炎寺の座るスペースを空けるために少し横にずれる。
ひなたはジリジリと焦がすような太陽光のせいでまだまだ暑かったが、いったん影に入ってしまうと秋の気配を漂わせた風が心地好かった。
夏の間、フル稼働していたスプリンクラーの点検が終わるまでグラウンドが使えない夏未が発した一言によって、昼明けの小一時間ばかりがぽっかりと空いてしまった雷門イレブンだったが、気づけば一年生を中心にかくれんぼへと興じていた。
最初はそんな子供染みた真似、と難色を示していた染岡までも何に挑発されたのか随分張り切って隠れ場所を探している姿をここに来るまでに見かけていた鬼道は、思い出して頬を緩める。
「しかし」
ぼんやりと空を仰いでいた豪炎寺の横顔を鬼道はちらりと見やる。ん、と顔を向けた豪炎寺は少しだけ眠そうにも見えて、鬼道は更に笑みを深めた。
「少し意外だった」
「何がだ?」
平静を装いつつ、いつもよりも表情が柔らかい鬼道に少し鼓動が高鳴るのを感じて、豪炎寺は気づかれないようにゆっくりと息を吐き出す。
ゴール前で鬼道から絶妙のラストパスを受け取ったときの燃え立つようでいて周囲がぴんと凪いで静まり返るような興奮とは違い、緩やかにけれども普段よりも少し早くなっていく心拍数。
あとほんの少し肩を寄せれば触れてしまうギリギリの距離を保ちながら、豪炎寺は鬼道を見た。
「おまえがこんな遊びに参加するとは思わなかったから」
驚いた、とゴーグルの下の目を細めた鬼道に、お互い様だと思いながら、ああ、でも、と豪炎寺は思い直す。
鬼道の場合は、当人の参加する意思の有無に関わらず、春奈のお兄ちゃんもだよ、の一言が全ての決定権を持っていたと言っても過言ではない。そして、その春奈の一言が豪炎寺にも影響しているなんて、二人とも知るはずがない。
「まあ、な……」
鬼道が参加したからだ、なんて本当の理由を口にするわけにもいかず、豪炎寺は曖昧に濁すともう一度空を仰いだ。
「前はよく夕香に付き合わされてやった」
もこもことした綿菓子のような白雲が風に漂い、鬼道のマントよりも薄い青を背景に流れていく。
「家の中だから隠れられる場所なんて決まってて、だけどすぐに見つけたらやっぱり拗ねるから、ちょっと探すふりをしてから見つけたんだ」
「優しいな……」
今よりも幼い少女が、ぷくりと頬を膨らます様を想像して、鬼道は柔らかく笑う。
「オレは……」
懐かしい記憶を探すように鬼道は、瞼を伏せると少し自嘲気味に口許を歪めた。
「その匙加減が下手で、春奈に拗ねられたり半べそをかかせてしまったり、失敗してばかりだった」
「鬼道と音無は年子なのだから、そんなもんじゃないのか?」
あれだけ触れそうな距離にドキドキしていたにも関わらず、翳りを見せた鬼道の表情を晴らしてやりたくて、豪炎寺はぽんぽんと肩を叩く。
優しい感触に、鬼道は、ん、と顔を上げると、ありがとう、と落ち着いた声を返した。
レンズ越しに透けて見える紅玉に見つめられて、どくり、とまた心臓が高鳴るのを感じながら、豪炎寺はその気恥ずかしさを誤魔化すように、しかし、と少しだけ顔を逸らして、言葉を紡ぐ。
「?」
鬼道の強い視線を感じて、頬が熱くなる気がしたが、今なら外気のせいだと言って誤魔化せるから良かったと豪炎寺は少しだけ胸中で安堵の息を吐いた。
「それだったら、いつまでも見つからないと音無がまた臍を曲げるんじゃないか?」
その言葉に、ん、と僅かに首を傾げた鬼道だったが、すぐにニヤリと口角を持ち上げる。
グラウンドの内外で頻繁に見られる天才司令塔の不敵な表情に、先刻までの不安げな様子は微塵もない。
「もう子どもではないからな」
真剣勝負に手抜きはなしだ、と言い切った鬼道の表情は頭上の空のように晴れやかで、豪炎寺は思わず見惚れてしまって、返答がワンテンポ遅れた。
「豪炎寺?」
鬼道の声に、はっと我に返って、 ああ、と咄嗟に頷いてから、そうだな、とゆっくり相槌を打った。
元々は生徒立ち入り禁止の札が掛けられていた屋上へのドアは、修繕工事を終えた後、再びその表示をするのをすっかり忘れられたらしく、この棟だけは掛けられていないことを知っている生徒はきっとそう多くないはずで、誰もが立ち入り禁止だと思っている屋上はかくれんぼには絶好の隠れ場所と言える。
その証拠にはたから見れば、この二人がかくれんぼ勝負の真っ只中だなんて、誰も気づかないほどのんびりとした空気が二人を取り巻いていた。
「鬼道」
悪い、と豪炎寺は、ふぁぁ、と一つ欠伸を噛み殺すと、投げ出されていた鬼道の太腿に頭を預けてごろんと横になった。
「お、おいっ……」
豪炎寺っ、と少し焦りの混じった鬼道の声が上から降って来るのを聞きながら、練習が始まるときに起こしてくれ、と一気に訪れた睡魔と戦いながら、辛うじてそれだけを口にすると、豪炎寺はそれ以上抗うことなく瞼を伏せた。
「まったく……」
鬼道は呆れたように頬を膨らませて、一つ貸しだからな、ともう聞こえていないであろう豪炎寺の耳に囁くように零す。
「あとで返してもらうぞ」
がっちりと固められた髪の生え際をなぞるように指を這わせて、くすり、と微笑んだ。
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