N.W.D -稲妻11別館-
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Clap純情Days 12
「もしもを考えたことはあるか?」
隣を歩いていた鬼道が唐突にぽつりと零した言葉の意味が分からず、豪炎寺は無言で横顔を見つめた。
ゴーグルに隠された瞳は何処を、何を見ているのか豪炎寺に教えてはくれない。
「もしも、あのとき立ち止まっていたら、あそこで一歩踏み出していたら、ありとあらゆる場面でもしもを考えてしまったら、人生は後悔の連続にしかならない気がする」
疑問符付で言葉を発したくせに、鬼道は豪炎寺の返答を欲してはいない。自己の中にどっしりと根を張った、それこそ後悔を後悔ではないと言い張りたいがために自分に言い聞かせているようで、何処か今にも泣き出しそうな横顔に豪炎寺はその身体をそっと抱きしめた。
「……っ」
互いの部屋でも他には誰もいない部室でもない。いつ誰が通りかかるか分からない道の端で、まさかそんな風に抱きしめられるなんて思ってもいなかったから鬼道の口から驚きとも焦りともつかない声が上がる。陽が暮れるのが段々遅くなってきたと言っても、練習の後で円堂の鉄塔広場での特訓に付き合えば、太陽はとうの昔に西の地平線の下に沈んでいて、周囲は濃紺の夕闇に包まれていた。幸か不幸か二人の他には人影もなかったが、それにしたって不用心すぎると、咎めだてるように口を開こうとして、けれども鬼道は思いなおしたようにふっと口許を緩めた。
「考えたところで無意味だな」
自嘲気味に笑った鬼道の表情に豪炎寺は一層抱きしめる腕に力を籠める。
「豪炎寺」
苦しい、と苦笑した鬼道の声は聞こえていたが、豪炎寺は腕の力を緩めず、鬼道の肩に額を押しつけた。
「もしも鬼道に逢えていなかったら、」
顔を埋めているせいでくぐもったような声が、けれども、はっきりと鬼道の耳に響く。
「今、抱きしめることができなかったから、鬼道に逢えて良かったと思う」
「そうだな……」
抱きしめられているのに甘えられているような気分で、鬼道はぽんぽんと豪炎寺の背を撫でる。
「オレもおまえに逢えて良かった」
「もしももたとえもオレはいらない」
ぎゅっと鬼道の身体を強くその腕の中に抱きしめると、豪炎寺は顔を上げた。真直ぐな瞳がレンズ越しに鬼道の瞳を見つめる。
「今、ここにいる鬼道が全てで、そしてその横にいられたらそれでいい」
躊躇いなく告げられた言葉に鬼道は頬ばかりか全身の熱が上がるのを感じて、ばか、と小さく口唇を震わせた。
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