N.W.D -稲妻11別館-


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純情Days 11


 練習の終わった部室。腹減った、と誰ともなく口にしながら、着替えを進める部員たちの中にあって、鬼道も口には出さなかったが決して空腹感を覚えていないわけではなかったが、騒がしい室内の空気に口を挟むでもなくユニフォームを丁寧に畳んでいく。
 持って帰って洗うだけなのだから、とぐちゃりと丸めてしまう部員が大半の中で、そんな鬼道の振る舞いは当初は皆の注目を集めたものだったが、今となっては慣れたもので、特に誰も何も言ったりはしなかった。
「確かに」
「……?」
 同じように会話に参加していなかった豪炎寺がぽつりと零した声に鬼道は、きょとんと視線を向ける。
 その瞳に苦笑を浮かべて豪炎寺は、腹が減ったと思っただけだ、と小声で答えた。
 別に声を潜める必要なんてないだろうと思ったが、それを言うよりも鬼道は、ふと思い出してバッグの中に手を突っ込んだ。
「鬼道……?」
「確か……あった」
 くすりと小さく笑みを浮かべた鬼道の手に握られていたのは、小さなビニール袋の袋で、中身が何かは見れば分かったが、鬼道の意図が見えず、豪炎寺は首を傾げる。
「昼に春奈に貰ったんだ」
 そのときのことを思い出したのか、鬼道は嬉しそうにほわりと頬を緩める。
「ほら」
 手作りらしいラスクを一枚取り出して、そっと口許に差し出した鬼道に、豪炎寺は躊躇いなく齧りついた。
「なっ」
 まさかそのまま食べるとは思っていなかったのか、鬼道の口唇から小さな驚きの声が上がる。
 ぱきりと音を立てて半分ほど齧られたラスクと豪炎寺の顔を交互に見比べて、そして鬼道の頬がじわりと色づいた。
「バ……」
 カと口唇が形作る前に目敏い部員の、ああ、狡いです、という声に鬼道は弾かれたように振り返る。
 その声に室内の全員の視線が鬼道の手許に集まり、円堂が全員の声を代弁するように、口を開いた。
「鬼道、それなんだ?」
「あ、……ああ、昼に春奈から貰ったんだ」
 別に隠し立てするようなものでもなく、鬼道は紅潮していたであろう頬の熱を冷ますように、ゆっくりと説明を舌に乗せる。
 練習で飢えた育ち盛りの腹の足しになる程に量があるわけではなかったが、この状況で分け与えないというのも人でなしの所業のように思われて、鬼道は、食べるか、と全員を見回した。
 けれども、春奈から、と聞いて、部で一番の食いしん坊である壁山さえも僅かに躊躇を見せる。
 その様子に鬼道は苦笑した。
「気にしなくていい」
 たいした量はないがな、と差し出された袋をじっと見て、円堂が、やっぱいいや、とにかりと笑う。
「折角、音無が鬼道にくれたんだから、それは鬼道が食べろよ」
 その言葉にこくこくと他の部員たちも頷いた。
「いや、だが……」
「よし、雷雷軒寄って帰るぞ!」
 鬼道の言葉を遮るように響いた円堂の快活な声に皆がわっと声を上げ、そうと決まれば善は急げとばかりに、あっという間に室内の人口密度が一気に下がる。
「悪いけど、鍵頼んだな」
「あ、ああ……」
 帰り際にそう言って出て行った円堂に呆気に取られたように頷くのが精一杯で、人気のなくなった室内で鬼道はやや呆然と呟いた。
「なんだったんだ……」
「まあ、皆の気遣いだから、ありがたく食べたらどうだ?」
 豪炎寺の言葉に、そうだな、と鬼道は呟いて手に持ったままだった齧りかけの残りを口に運んだ。さくりとした食感と、口中に広がった仄かな甘みに鬼道の表情が和らぐ。
「美味いな」
 空腹だから、とそればかりが理由ではない味わいに幸せそうに目を細めた様子に豪炎寺も良かったな、と口許を緩めた。
 照れくさそうにはにかみながら、もう一枚食べるか、と差し出されたラスクに、豪炎寺は、ありがとうと改まった感謝の言葉を紡いで、徐に鬼道の手に口を近づける。
「美味いな」
「ああ」
 顔を見合わせて、ふっと笑みを零した。

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