N.W.D -稲妻11別館-


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純情Days 10


 六時間目の理科が実験で、器具の片付けに手間取ってしまった班がいたおかげで、勿論、その程度のことに腹を立てるほど心の狭い人間のつもりはなかったが、現実問題として、部活に出るのが遅くなってしまったことに少しばかり気が急いて、教室から部室への道を行く鬼道の足は普段よりも少し足早だった。もう皆は着替え終わっている頃だろうか、と思いながら手をかけた部室のドアは、けれども鍵なんて上等なものついていないはずなのに、何かが引っかかっているのかガタガタと音を立てるばかりで、一向に開こうとしない。
「おい……」
 中に誰かいるのか、と鬼道が声をかけたのと同時にバタバタと中で人の動く気配がした。
 なんだ、と首を傾げる間もなく、内側から開かれる扉。
 ドアの脇に立っていた宍戸がバツが悪そうに、すみません鬼道さん、と謝るのを聞きながら、鬼道はぐるりと室内を見回す。
「何してるんだ、おまえたち」
 いつもなら、真っ先にグラウンドに飛び出して行っているであろう円堂の姿まであったことに驚きつつも、鬼道はいたって冷静に問いかけた。
「今日はミーティングの予定は」
 なかっただろう、と言いかけたところで、にゃぁという可愛らしい声が邪魔するように響き渡る。
 あ、と声を上げたのは、栗松か壁山か、室内の注目が鬼道に集まる中、鬼道はゆっくりと輪の中に足を踏み入れた。
 にゃぁぁぁ。
 輪の中心で、子猫が鬼道を見上げる。
 茶色い毛がふわふわと揺れて、触ったら気持ち良さそうで、つい手を伸ばしそうになるのを必死で堪えながら、鬼道は、これは、と口を開いた。
「どうしたんだ?」
 恐らく首謀者は一年生たちだろうと当たりをつけて、ゴーグル越しにひたりと視線を当てる。
 ひっ、と宍戸が小さな悲鳴を噛み殺して、すみません、と頭を下げた。
「別に謝る必要はない。どうしたのか聞いているだけだ」
 にゃぁぁ、とまた一鳴きした子猫に心擽られつつ、鬼道は表面的にはいつも通りの声を形作る。
 正直、ゴーグルの存在に感謝した。
「ご、午後の授業が美術で、外に写生に出て、そうしたら、箱の中にそいつがいて……」
 怒られるとでも思っているのだろうか、しどろもどろになりながら喋る宍戸の説明は今一つ要領を得てはいなかったが、大体のことは把握して、鬼道はそうか、と小さく頷いた。
「宍戸が連れて帰るのか?」
 その言葉に、え、と宍戸の表情が強張る。
「捨てられていて可哀想だと思ったのは仕方ないが、飼えないのに連れてきてしまったら、後をどうするつもりだったんだ?」
 ふぅ、と小さく息を吐きながら尋ねた鬼道に宍戸だけでなく、恐らく一緒に連れてきてしまったのであろう、他の一年生もしゅんと項垂れてしまう。
「鬼道の言うことももっともだな」
 それまで口を挟むことなく成り行きを見守っていたらしい風丸が言ったのを合図に、ええ、だけどさ、と円堂が口唇を尖らせた。
「捨てられてたんだろ。拾ってきちゃったのは仕方ないんじゃ……」
「だったら、部室で飼うっていうのか?」
「そ、それは……」
 風丸の言葉に円堂がぐっと言葉を飲み込んだ。沈んでしまった部内の空気を、けれどもそんなことは全く意に介した様子もなく、子猫がにゃぁぁとまた一つ鳴き声をあげる。
「仕方ないな……」
 やれやれと肩を竦めて鬼道が、まだ肩にかけたままだった鞄をどさりと下ろした。
「何かいい考えがあるのか?」
 パッと円堂の顔が輝くのに釣られるように鬼道に集まる期待に満ちた眼差し。
 本当にこいつらは、と胸中で苦笑を零しながら、鬼道は、けれども少しだけむず痒いような気持ちを感じて、口許を綻ばせた。
「とりあえず、雷門に相談だな。彼女がいいと言えば、少なくともここに子猫を置いておくための障害が一つ減る」
「夏未に?」
 なんで、ときょとんとする円堂に苦笑が漏れる。
「雷門は」
「理事長代理だからな」
 鬼道の声に、それまでずっと無言だった豪炎寺が被せるように口を開いた。
 円堂に向けた返答のはずなのに、その視線はぴたりと鬼道に向けられていて、正直、気恥ずかしい、とゴーグルの下の瞳を鬼道は揺らめかせる。
「あ、そうか!」
 今、思い出したとばかりにぽんと手を叩きかねない勢いで頷いた円堂に、本当にこいつは一年のときからこの学校に在籍しているのかと僅かばかりの不安を抱きつつ、愚問だなとすぐに頭を切り替えた。
「そっかぁ……でも、夏未だったら、あっさりいいって言いそうだけどな」
 他意なくそう口にする円堂の様子に、彼女たちも苦労する、と、内心でぼやいた鬼道の声が聞こえたわけではないだろうに、ふと向けた視線の先で豪炎寺が小さく苦笑したのに気づいて、どきりと胸が高鳴る。
「で、その雷門は?」
「夏未さんなら、生徒会のお仕事で遅くなるって言ってたよ」
 そんな胸中を悟られないように、なんでもないことのように口にした鬼道の声に答えるように、いつの間に部室に来ていたのか、今日も快活な春奈の声が響いた。
「夏未さんに用があるなら、」
 生徒会室に言った方が、と言いかけた春奈の口が、あの形のまま固まり、そして一拍の後に、少女特有の高い嬌声が部室内に響きわたった。
「可愛い!」
 どうしたんですか、この子、と目をきらきらさせて尋ねる様子に鬼道の表情がほわんと和らぐ。
 本人にそこまでの自覚はないのだろうが、ゴーグルで瞳は隠れていても緩む口許は隠せるものではなく、けれどもほとんどの部員の注意は子猫と春奈に向いていたから、そんな鬼道の変化に気づいていたのはおそらく自分だけだろうと豪炎寺は、誰にも気づかれないように溜息を吐いた。
 子猫が、にゃぁぁ、と一鳴きするたびに春奈が可愛いと声を上げ、そして鬼道の表情も和らぐ。
 子猫よりも鬼道の方が可愛いと思うなんて、本人にも他の部員にも絶対に言えないまま、豪炎寺はもやもやとした感情を抱えてにゃぁにゃぁと鳴く子猫と鬼道を眺めていた。

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