N.W.D -稲妻11別館-


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純情Days 7


「粉薬は嫌だ……」
 思いもかけなかった言葉に豪炎寺は、え、と思わず薬箱を漁っていた手を止め、まじまじと鬼道を直視してしまった。
 他の人間の前では決して見せることのない不貞腐れた表情をした鬼道は自分でも自覚があるのだろう、豪炎寺の視線を受けると、途端にそわそわと目を泳がせるように目を逸らした。
「し、仕方ないだろう」
 上手く飲めないんだから、と恥ずかしげに頬を膨らませて言い訳する姿に豪炎寺はくらりと熱を覚える。いや、熱があるのは自分ではなく鬼道の方だ、と自分を叱咤して、だったら、と錠剤を手に取った。
「こっちなら大丈夫だろう」
 差し出されたのは飾り気のない銀色のパッケージ。
 薬の名前も何も印字されていないところを見ると、市販薬ではなく、医者である豪炎寺の父が直接、薬剤師に処方してもらったものだろう。ちらりと視界に捉えたそれを正しく認識した上で、けれども鬼道は、嫌だ、と小声で、しかしきっぱりと拒絶した。
 冬休みはまだ始まっていなかったが、課題だけは一足早く渡された放課後。
 普段ならばサッカー三昧となる時間は、グラウンド整備に奪われ、またインフルエンザが流行っているからという理由で修練場の使用も禁じられて帰宅を命じられてしまえば、それはつまり大人しく課題を進めろと言われているに他ならない。不満たっぷりの円堂を宥め、風丸たちにあとを任せた二人が向かった先は豪炎寺の家で、気づけば特に約束をすることもなく、時間のあるときは鬼道が豪炎寺の家に寄っていくのが日常的になっていた。特に何かを目的とするわけでなく、二人で思い思いに雑誌を広げてみたり、試合の録画を見たり、今日のように課題があるときは一緒に勉強する。
 今日もそんな時間を過ごすことになるのだろうと思っていたのは一時間ほど前の話だった。
 広げた課題を前にして、鬼道の手がちっとも動いていないことに豪炎寺が気づいたのは向かい合わせに座卓に向かってから三十分ほど経過した頃で、顔を上げてみれば、心なしか顔が赤いのが分かる。
「鬼道」
 豪炎寺の声に、ん、と反応したその声も何処か上の空で、豪炎寺は何の前振りなく、鬼道の額に手を伸ばした。掌全体をぺたりと押し当てると、いつもは豪炎寺の体温の方が高いぐらいだったのに、今は明らかに肌に熱を感じる。そんな予兆は何処にも見られなかったのに何故、という疑問が生じるが、今はそれよりも先に、と豪炎寺は徐に立ち上がると、鬼道、と声をかけるとその身体を抱きかかえるように立ち上がらせた。
 いつからこんなに熱があったのか、体温計なんて必要としないほどにはっきりと分かる火照った身体。
「何、を……」
 熱のせいで思考も纏まらないのだろう。
 鬼道らしからぬ勘の悪さに、本当にどうしてこんなに、と気づかなかった自分に腹立たしさを覚えながらも熱のせいで力が入らないのだろうぐったりとした身体を支えると、自分のベッドに静かに寝かせた。
「豪炎寺……」
 ゴーグルに手をかけるとほとんど抵抗も見せずに、豪炎寺にされるがままに身を預けてくる鬼道にごくりと唾を飲み込む。覆うものが無くなった赤い瞳はうっすらと潤んでいて、文字通り熱っぽい視線が豪炎寺に向けられていた。
「とりあえず、寝ろ」
 何度くらいあるのか見当もつかなかったが、あの鬼道が何の反論もせずに大人しく身を任せている時点で、相当の高さであろうことは容易に想像がつく。
 体温計、取ってこないとな。
 寝やすいように解いた髪の毛を撫でるようにぽんぽんと頭に触れながら、豪炎寺は胸中で呟く。とりあえず寝かせて、起きて熱が下がってなければ解熱剤だな、と誰に言うでもなく自分に言い聞かせると火照り具合とは裏腹に幸せそうに眠る鬼道の額に豪炎寺は一つキスを落とした。
 口唇に触れた肌が熱かった。
 それからたっぷり三時間。鬼道が寝ている間に帰宅した夕香には、風邪が感染ると困るから、と部屋に入らないように言い含めて、豪炎寺は眠る鬼道の傍らで他にすることもなかったのでもくもくと課題を進めていた。
 寝返り一つうたずに熟睡している鬼道が心配になって時々その寝顔を眺めては、熱があるとは思えないほど穏やかな表情にほっと安堵の息を吐き出して、再びプリントに対峙する。
 邪魔するものが一切なかったせいもあって、冬休みの課題だというのに半分以上は終わらせてしまった。
「ん……」
 豪炎寺、と訝しむような声に、豪炎寺は動かしていた手を止め、ベッドに視線を向ける。
 先程よりも視線のしっかりと定まった鬼道が、けれども何が起こったのか状況が掴めないといった表情で豪炎寺を見つめていた。
 少しだけきょとんとしたその様子に、けれども先程までの具合の悪さはもう薄れてきているようで、豪炎寺はほっと安堵の息を吐き出して、説明するために口を開いた。

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