N.W.D -稲妻11別館-


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純情Days 6


「痛っ……」
 急に豪炎寺が顔を顰めたので、横を歩いていた鬼道は何事かと驚いて足を止めた。
「どうした?」
「あ、いや……」
 なんでもない、と続けようとした言葉は、鬼道の誤魔化しは許さないとでも言わんばかりの鋭い視線の前に、口は間抜けにもア音の形に開かれたまま固まってしまう。ゴーグルなんてあってないも同然だ。心中全てを暴かれてしまいそうなほど、強くはっきりとした眼差しをレンズは何一つ遮ってはくれない。
「口唇が切れているな」
 これが原因か、とそんな豪炎寺の胸中など目もくれず、ずいと一歩近づいた鬼道は触れるか触れないかギリギリの距離で、ふっと息を吐き出した。
「痛々しいな」
 自分では見えない柔らかく剥き出しの粘膜が鬼道の前に晒されていると思うと、わけもなく落ち着かない気分になる。
 ひやりと冷たい指先が口唇の下部をそっとなぞる感覚に、豪炎寺はぞわりと肌が粟立つような錯覚を覚えて、思わず、鬼道と名を呼ぶと、くすくすという笑い混じりに、なんだと返された。
「どうした、豪炎寺」
 どうした、なんて聞くまでもなく豪炎寺の焦りの理由なんて知った上で、鬼道は笑みを浮かべたまま、楽しげに目を細める。
「……擽ったいから」
 やめてくれ、と豪炎寺は少し疲れたように願いを口にした。
 擽ったいばかりが本当の理由ではなかったが、そんなことは鬼道だって十分分かっていての振る舞いなのだろうから、このぐらいの虚勢は張らせて貰いたいと思う。
「リップクリーム」
「……え?」
 けれども鬼道の口唇が紡いだのは、全く脈絡がないとは言わないが、それでも唐突感は否めない単語で、豪炎寺は話の流れについていけないとばかりに聞き返した。
「乾燥しているからだろう」
 これ、とちょんちょんと突つくように口唇に触れられて、痛みとは別の要因で豪炎寺は息を呑む。
「リップクリーム、持ってないのか?」
「あ、ああ……ちょうど使い切ってしまったから、新しいのを買いに行こうと思っていたところだ」
 豪炎寺の返答に、ふむと頷いたかと思うと、鬼道の口許がにやりと歪む。
「だったら、とりあえずこれで」
 代わりにしておけ、と言うや否や、鬼道の顔がさらに近づいた。あ、と声をあげる間もなく、口唇の上に感じた柔らかな感触。
 続けて、濡れた舌がべろりとかさついた表面を舐めていった。
 ここが道の往来だなんて、豪炎寺だけでなく、寧ろ普段は外では絶対にそういうことをするな、と口煩く言う鬼道の方がよく分かっているはずなのに、そんなこと微塵も気にかけた様子なく、呆気に取られた豪炎寺の表情に鬼道は満足そうに笑う。
「だったら、薬局に寄って帰らないとな」
 たった今の出来事なんて存在しなかったかのようにあっさりと歩き出した鬼道を豪炎寺は慌てて追いかける。じくじくと口唇が熱を持ったように疼いて仕方がない。
 こんな不意打ちされるなんて思ってもみなくて、驚きと嬉しさに緩みそうになる頬の筋肉に力を入れた。
「鬼道」
「……なんだ」
 いまさら羞恥心を覚えたとでもいうのか、鬼道はまっすぐ前を向いたまま、豪炎寺の言葉に答える。
「鬼道がいつもしてくれるなら、別にリップクリームなんてなくてもいいんだが」
 やられっぱなしというのも性に合わず、豪炎寺はそっと鬼道の手に自分の指を絡ませた。
 一瞬、びくりと足が止まりかけたが、すぐに何事もなかったように鬼道は同じ歩調で歩き続ける。
「……調子に乗るな」
 うっすらと頬を染めて呟かれた言葉に豪炎寺の口許が綻ぶ。
 小さく呟かれたバカという言葉さえ、甘い睦言のように聞こえてしまうなんて、もうどうしようもないと思ったけれども嫌ではなかった。
「鬼道バカだからな」
 仕方ない、と言う豪炎寺の言葉に、鬼道も呆れたような笑みを浮かべながらも、繋いだ指先をぎゅっとしっかり絡めるように握り直した。

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